監督に連れられ、練習中急に現れた別嬪さん――それはもう、極上の――に、部員たちが浮足立っとんのがよう分かる。
監督を呼びに行った鳳はさっそく仲良うなったんか、側を離れるとき「じゃあね、」て親しげにファーストネーム呼んで、手ぇ振りおった。
ふうん、、な。えらく印象的なあの目と共に新しく得た情報を頭ん中に蓄積し、指定コートへ移動するため足を踏み出そうとした寸前、
耳に届いたんは常に堂々とした王様の珍しい戸惑の声。その声に、むくりと起き上がった好奇心が俺の足を止めさした。

ちらとほんの少し目線を動かすだけで視界に捉えることが出来た跡部はツリ眉もツリ目もだらりと下げて、
いつもは不敵に歪めとる口元を緩め僅かに開けとった。ヒュウ、これはいよいよ珍しい。

唇を尖らし音は出さず口笛を吹いた直後目に入った、ふたりが向き合う更に向こう、延長線上に居ったんはさっきまでデレてた後輩の姿。
常に“笑顔を心掛けてます”といった然の穏やかな男が、これまで見せたことの無い真っ青な顔をして凍り付いている様に少し驚いたものの、
しかしぼんやりと、あぁ、でもまぁ鳳は“そう”かもなぁ、とも思い当たる。舞い上がれば舞い上がる程、極僅かな切欠で、呆気無く落ちていく。


「んーとに、おもろいなぁ……」


無意識にむずむずと口元が歪んでいく。なんや知らんけど、笑いが込み上げてきてしゃあない。

朝起きる。それからメシ食うて、顔洗って歯ぁ磨いて、学校行ったらまず朝練。授業受けて、メシ食うたら昼休みはちょっと眠うなる。
部活の時間は目いっぱい動き回って、帰りは岳人らと時々寄り道して、メシ食うて風呂入って、少し予習や復習して、読みかけの小説読んで、布団に入る。
それで?また朝や。
間違いなく充実しとる部類やろ。ただ、充実しとっても、規則的な日々を送るっちゅうことは、安心感という名前の付いたぬるま湯に浸かっとんのと同じ。
変化なんてまるであらへん、それにはどうしても退屈ちゅう副産物が付いてくる。(日常に有難味を感じるほどには、俺の人生まだまだや)
正直、毎日飽き飽きしとった、そんな俺の目の前へ不意に降ってきた“スパイス”んノッて、舌痺れさせるんも、また一興。……そういうんも、えぇんちゃう。





いよいよ歪みが大きいなった口元を、セキするフリして、空いとる手で覆う。
わざと喉を軽く弾いて小さく鳴らすと、跡部と話をしとった“”が不意にこっちを向いた。
その、目が合うた瞬間、息が、喉が詰まる。
合うてたのはほんの僅かな時間、説明し辛いけど、それは注射針より細い針で力任せに奥まで刺され、一気に抜かれたようなそんな驚きやったように思う。
(だがこのときの俺はすぐに、受けたこの痛みは特にどうとも無いことやと思い直し、意識的にすっかり記憶から消し去ってしまう。)

それからもう一度、詰まった喉を通すための本当のセキをして。身体を反転させ今見ていた光景からは背を向けてコートへ足を向ける。
頭を軽う振って無理矢理存在()追い出して、ラケットを持ち直してゆっくり歩いてると先を行っていた岳人が大声で俺を呼んだ。
セキしてたんが聞こえてたらしい「なんだよ、風邪でも引いたのか?」と心配する相棒は「タンが絡んだんや〜」とふざけて返せば
大きい目を瞬かせた後「あっはは!侑士、オッサンくせー!」とケラケラ笑う。そのいつも通りの反応に、ほっと息が吐いた。


「心配してソンしたぜ!」
「ま、俺が岳人を心配することは沢山あっても、俺が岳人に心配されることは無いっちゅうこっちゃな」
「んだよそれー!クソクソ、侑士め!」


せや、岳人にいらん心配は掛けへん。
大事な相棒にはいつも通り、元気いっぱい跳ね回って貰ってな困る。
何があろうと、俺は俺ん中で全部消化出来るし決断出来る。
俺は、ホンマの心の内は、誰にも言わん。
例えそれが原因で離れることになったとしても、俺が離れることで余計な負担を与えんで済むなら。
俺が選ぶのは、………。


「さ、やろか。相棒」
「へ?おっ、おう、やろうぜっ」


貼り付けた笑顔のまま目だけ動かして、もう一度彼女を覗き見る。
今度は目が合うことは無かった。










ゆーし君は快楽主義者っぽい感じにしたいです(希望)



作成2011.07.31きりん