パパとママがいなくなってから、ずっと私を育ててくれていた祖母が冬を迎えることなく人生を全うした。
悲しみの涙にくれつつ、これからどうしたものかとひとり家の隅で丸くなっていた私にお迎えがやって来た。
それは天使さまでもマリアさまでも無くて、礼装をさらりと着こなすひとりの紳士。


「私は君の伯父にあたる。一緒に日本へ来なさい」


冷たい表情とは裏腹に、優しい眼差しを持つその人の。
差し出された温かくて大きな手を掴んだときから私の運命はまわりはじめた。















最後に届いた彼女の手紙から、姪に当たる存在がいることは知っていた。
人をやり、密かに動向を探らせ初めてから十年強。知らせを聞き、私は自らイギリスへ飛ぶことにした。
姪に関する面倒事の全てを人に任せても何ら問題は無かったが、
あえて腰を上げたのは、ただ、彼女の遺したものを実際にこの目で見たかったからだ。

足を踏み入れた家の隅で丸くなり、静かに涙を流し続ける姪と対面した私は、心底驚いた。


「……っ」


思わず口にしていたのは彼女の名。
なんということだ。この子は彼女を生き写している。特にこの、今私を見つめている、強烈な何かを人に与える目。
まるで、幼い頃の彼女自身が目の前に居るかのようではないか。

頭が真っ白になり絶句する私を不思議そうに見上げる姪の視線に気づき、慌てて居直った。
今後のことは自由に決めてくれ、希望に沿うよう全面的に援助する。
用意してきた台詞を言うつもりで手を伸ばした私は、自分でも思わぬことを口走っていた。


「私は君の伯父にあたる。一緒に日本へ来なさい」


有無を言わせぬ横暴な言葉だが、それでもすがるものが必要だった姪は素直に私の手を取った。
今思えば、温かく小さな手に触れたその瞬間が、新たな歪みの始まりだったのだろう。










はじまり



作成2011.07.14きりん