(「古書店主の交流」の続き)





「邪魔するぜよ」


紫色の大きな酒屋らしい暖簾(これがまた、古くてえぇ具合に色が落ちとう)をくぐると、
陳列された酒瓶に反射した蛍光灯の光が、思っくそ目に刺さって痛い。
キラキラ光ったそれはウチのバーの壁に並んどるのとはまた違った趣で綺麗なんじゃが、寝起きにはちとキツイもんがある。


「めんそーれー、って。おっ、仁王やっしー」
「プリッ」


レジ前にどっかり座り込み、テーブルに肘を付きながら雑誌を眺めとった甲斐が俺に気づいて顔と片手を挙げた。
手元にあるんは仕事用の帳簿……じゃあ無くて、アクセサリーのカタログか。相変わらず好きじゃなー。
そういや、このごろはメタルアクセサリーが欲しいとか言っとったっけ。

甲斐はシルバーアクセサリー作りが得意で、それはそれは詳細なデザイン画を起こすところから始まり、
材料の銀粘土を成形から焼成まで自分でこなすほどの本格派。……専用の電気炉まで買って持っとるのには驚いた。
そういや次は何じゃったかな、ロスト、ワックス?それに挑戦したいとか言っとった。
でもまぁ甲斐は職人でも何でもない、自分がやりたい事をやりたいだけやっている、ただの気分屋な凝り性じゃ。

それで、それが高じて店の一角にはアクセサリー専用の展示コーナーまであるほど。
そのおかげで、時々ここは酒屋なんかアクセサリー屋なんかわからんようになる。


「メールありがとさん」
「おう。あぬ酒、すげぇ人気やっしー?仕入れんかいナンジしたさ〜」
「そいつは悪かったぜよ」
「構わねーらんよ。だぁより、ちょいと味見しよーぜ。1本開けちゃる」
「おっ、そいつは名案やのう」


甲斐はそう言うと、俺が頼んでいた銘柄の酒を出してドンと豪快にテーブルに置いた。
このままじゃ飲めん、グラスはあるんかと聞いたら、出てきたんはマグカップ。
しかも個別に箱に入ってる、明らかにメーカーがキャンペーンなんかで出してるモンで。
もうそろそろ期間終了だからいいって、いやまだ期間終わって無いなら駄目じゃろに。

呆れる俺を気にせず、甲斐は並べたそれぞれのマグカップに酒を注いでいく。
気風のいい甲斐は時々こうやって酒をごちそうしてくれたり……
そうじゃ、気風というか気前がいいと言えばアレのことがあったの。


「そういや、この前貰ったシルバーアクセ。店で付けとうたら客受け良かったぜよ」
「じゅんにか!?」
「あぁ、おまんが作ったちゅうこと言うてチラシ渡しといたけぇのう。近々来るかもな」
「よっしゃ、腕が鳴るぜ!だぁんかいしても、やーはいいーモデル兼広告塔ぐゎーやさ」
「いっそ片手間やのうて、酒屋畳んでそっちの道一本で極めたらどうじゃ。えぇ商売んなりそうナリ」
「そりゃーゆたさんやー!」
「あ、でも俺が困る。美味い酒屋が無うなったら俺の死活問題じゃけの」
「ははっ、相変わらずクチがうめーや」
「チェーン店は勘弁なのじゃ〜」


画一しとるチェーン店とは違って、融通を利かしてくれる甲斐んところは俺にとってほんに重宝する存在。
俺が指定するちょいと難しい銘柄のモンでも、どっからか手頃な値段で仕入れてくるバイタリティはあるし、
口頭で味のイメージを伝えれば、それにピタリと合う酒を持ってくる確かな舌は持ってるし。
まぁヘタに褒めるとすぐ調子に乗るけぇ黙っとるけど、感謝しとうよ。


「んんー、やっぱこん酒は美味いの」
「やさやさ。よっしゃ、もう1本!」
「おいおいえぇんか?売りモンじゃろ?」
「ゆたさんゆたさん!」


そうして勧められるままに杯と会話を重ねて。
ふと時計を見ればそろそろ店の準備に掛からなヤバい刻限になっとって。


「げっ!ヤバい、そろそろ帰るぜよ……おわっ!?」
「エー、仁王!なんくるないさー!?」


驚いて慌てて立ち上がると、足元が妙にふらついてもう一度丸椅子に座りこんでしもうた。
何が起こったか分からんまま目の前のテーブルを見ると、転がる空瓶が3本と封が切られた飲みさしが。
こん酒は口当たりがえぇお蔭で飲みやすいが、相当なアルコール度数じゃったはず……
それを、どんなに少のう見積もっても1本以上飲んどる事実に血の気が引いた。





とりあえず甲斐に台車を借りて、ふらつく足でどうにか仕入れた酒を店に運び込んだのはいいが
普段より睡眠時間が短かったせいもあって、この日の営業中はそれはもう散々じゃった。


「どうした雅治、顔色が優れないぞ」
「なんでもなか……」
「それにしても仁王、良いお酒だね。美味しいよ」
「……そら、良かったぜよ」
「うむ。いくらでも飲めそうだ」
「あぁ……飲みすぎんようくれぐれも気ィ付けんしゃい。すまん、俺、ちょっとトイレ……」


まぁ平日ちゅうこともあって、客が柳と幸村と真田だけじゃったのが不幸中の幸いやったの……










大方私の書き方の問題ですが、このふたりの会話って何かカオス(笑)



作成2011.02.08きりん