(柳が古書店店主の場合 ※名前変換主不在)(※「会計士の戸惑」とは別設定です。ややこしくてごめんなさい)





開店前。店のシャッターを開けるため住居から店舗側へ出てきてみれば、薄暗い中にぼんやり感じる気配がひとつ。
全く、いったいどこから入り込んでいるのか、……まぁその侵入経路はある程度予測はついているが。
(一度鍵が見当たらなかったこともあるし、裏にある勝手口の鍵などは仕組みを理解できてしまえば奴なら容易く開けるだろう)
今日も今日とて白猫が店の一番奥、本棚と本棚の間の薄暗いところで鼻をぴいぴい鳴らして眠っている。


「またか」


夏になると、いつもこうだ。
暑がりの性質から涼を求めて彷徨った挙句、辿り着いた我が柳古書店を避暑地か別荘と決め込んだらしいこの白猫は時折ふらりとやってくる。
店舗は商品である本のため直射日光を入れない、更に風通しの良い造りなので、
確かに周囲にある他の建物と比べると、温度や湿度は低く過ごしやすい環境だろう。

しかしそれは冬になると一変し、暖房を入れていない段階の店舗は極寒で長時間居れば命の保証は出来かねる程。
例え毛布付きであろうと、眠るなどとんでもない。だから冬が訪れる前には白猫はまたふらりと居所を求めて何処ぞへ彷徨う。
そのせいだろうか。ここ数年、白猫―――もとい、生白い仁王雅治が店に姿を見せ始めるのと同時に俺は夏の到来を実感している。

勝手に侵入して眠るだけで、害のある“悪さ”はしないから大体放っている。
少々酒臭いこともあるが、鼻が曲がるほど酷いわけでも無いので目を瞑っている。
(気を遣ってなのか、きちんをシャワーを浴びて来ているようなので、そう邪険にしてやることも無いだろう)

それ以外で構うのは、お客の邪魔になっていたり、奴が眠っている傍の棚を整理する等。
そのようなときはどれだけ熟睡していようと容赦無く退かす。
経営者として危機感が無いと言われれば閉口するが、何かあればそれは己の見る目が無かっただけにすぎない。
反省するのはそのときだ。



―――ピピピ、ピピピ
床に転がっている仁王の携帯電話が音を立てて震える。
シンとした店の中で余計に反響するせいか、その電子音は耳に痛い。


「雅治、携帯が鳴っている」
「ん、むう……」
「早く止めてくれ、五月蠅くてかなわん」
「うぅ………すまん……」


雅治が身動ぎ、携帯を手にするため腕を伸ばすと着ているシャツが擦れたらしくシャラリと音を立てた。
サラリとした生地の、よくあるシンプルな黒いシャツを緩く纏った雅治はなるほど、
顔立ちと細身の筋肉質なのも相成って、女性受けするだろう色気に満ちている。
奴の店へ熱心に通う客が多いのも頷けるな。しかし、寝起きの顔はいただけない。
(このだらしない雰囲気すらも良いのだろうが、そういう感覚は俺には解らない)


「起きるのなら顔を洗ってはどうだ。洗面所くらい貸してやる」
「すまんのう、借りるぜよ」
「新しいタオルは一番上の引き出しだ」


フッ。伸びをする姿は猫そのものだな。
そうして完全に起きた雅治がゆっくりと住居の方へ入っていくのを見届けてから、俺も開店準備に動き出す。
シャッターを開け、簡単な拭き掃除をしていると携帯を操作しながら雅治が戻ってきた。


「そういえば、いつも昼まで眠っているのに今日の起床は随分早いんだな」
「仕事。甲斐んとこに仕入れじゃ」
「酒屋のか?」
「あぁ。前々から頼んどった美味い酒が入ったんじゃと」
「ほう」
「値段はそう高いモンでも無いんじゃが、味は抜群ぜよ」
「ふむ。お前が選んだものだ、さぞ美味いのだろうな。近いうちに店へ顔を出すとしよう」
「おう、歓迎するぜ。ほうじゃ。いつも寝さしてもらっとるお礼じゃ、タダで飲ましちゃるけぇ」
「そうか。ならば、楽しみにしている」
「任しときんしゃい」


ほいじゃあ、またの。
そう言って片手を挙げ、結んだ白い尻尾を揺らしながら本棚と本棚の間をすり抜けていく優雅な後姿を見送りつつ
俺も仕事に掛かった。ぼんやりと美味い酒を思い浮かべながら。そうだな、今晩にでも精市や弦一郎を誘って繰り出すか。










店主は常に着物着用。この場合常連なのは滝着物か日吉反物屋か果てまた中込呉服店(笑)のどこが良いと思う?w



作成2011.01.28きりん