(おまわりさん=真田、まちのお医者さん=柳生)





「おや真田くん、こんにちは。もしや、また仁王くん絡みですか」
「あぁ。すまんが、手当を頼みたい」
「えぇ、どうぞお掛けください」


看護師のに連れられ診察室へ入ると、カルテを手にした白衣姿の柳生が椅子ごとこちらを向いて会釈をした。
礼儀正しい態度や丁寧な口調、そういう柳生の紳士的な振る舞いは相変わらず好ましいものだ。
俺も礼儀と会釈を返してから、脱いだ制帽を備え付けの籠の中に置き、指示通り柳生の前の丸椅子に腰を掛ける。


「それで、どうされました?」
「仁王と赤也がくだらん悪戯をしたのちに逃亡したのだ」
「相変わらずですね」
「まぁ、共犯だったはずの赤也は仁王に騙されたようで即刻俺に捕まったが。赤也には制裁を加えてやった」
「そうですか。では後程、切原くんもいらっしゃるかもしれませんね」
「しかし逃げた仁王を探している最中、手首を捻っていることに気が付いてな。それでここへ来たという訳だ」
「なるほど」


まったく、思い出すだけでも忌々しい。

先刻のことだ。
突然、俺が勤務する交番に飛び込んできたのは仁王と、その仁王になんと拳銃を突き付けられた顔面蒼白の赤也。
俺は心底驚き、その後ふたりに近づこうとしたのだが仁王によって制されてしまう。そのときの奴の射抜くような目の迫力といったら……っ!
とにかく俺は警官だ、こうした許せん犯罪には立ち向かわねばならん。
この行為が銃刀法をはじめとした法律にいかに反しているかを伝えたり、家族を持ち出した説得を試みたりしたが効果は無く。
武力行使も試みようとしたが、人質になっている赤也の身が危険にさらされる可能性が高いため断念せざるを得なかった。

次第に仁王は声にも鋭さを増していき、俺にある要求を突き付けてきた。
その要求とは……

くうっ、あれに屈してしまったことが全く情けない。情けないぞ、真田弦一郎!
しかしあのときは必死だったのだ、赤也の身が何より心配だったのだっ

仕方なく俺がその要求を飲み、実演してみせたところ。なんと人質に取られ恐怖に打ちひしがれていたはずの赤也が噴出したのだ!
それが火種となったようで、仁王も我慢できないといった様子で大笑いをはじめて。訳の分からない俺はもう目を白黒するしかなかった。
それでひとしきり笑い終わると、仁王は赤也に持っていた拳銃を渡し、肩をぽんと叩いて「あとは頼んだぜよ」と一言残したのち光の速さで逃亡。
その仁王の行動に今度は赤也が目を白黒させる番。ハッとして逃げようとしたときには既に俺に腕を掴まれていて今度こそ本当に顔面蒼白になっていた。
赤也への制裁後、仁王が置いて行った拳銃をよくよく確認すると、玩具のピストルで。こんなものも見抜けんとは……っ

ちなみに先に柳生が“また”と言ったのは、仁王の悪戯は大小あれ日常茶飯事のようなものだからだ。
確か前回ここへ来たのは、ジャッカルが巻き込まれて怪我をし、その治療を付き添うためだったはず。
しかしジャッカルめ、あの程度の平手を避けられずあまつさえ転んで膝を擦り剥くとはたるんどる!
……いや、もちろん俺が悪いのは解っている。そもそもだな、仁王が余計なことをしなければよいのだっ!


「こうすると、どうですか?痛みますか?」
「いや。それは何とも無い」
「では、これは?」
「少々の違和感はあるが、それほどは」

「じゃあ……ウィンクをソロで唄って踊ったときはどうじゃったかのう?」


あぁ、あのときは胸が痛かっ……何ッ!?

手首をやわやわと掴みつつ飛び出した聞き逃せない発言のあと。
目の前の柳生は口元を歪ませ、普段の柳生とは程遠い不敵な笑みを浮かべた。
その紳士とは到底言えない笑い方は、さながら詐欺師のような―――


「おや?真田くん、いらしてたんですね。遅くなりまして申し訳……仁王くん、私の白衣を返したまえ」


背後の扉が開き、今度こそ。
本物の紳士然とした柳生がハンカチを手に診察室へ入ってきたのが合図のように、
目の前の偽柳生は白衣を俺へと投げつけて窓から一目散に脱出。


「プリッ」
「にっ、仁王ーーーーーッ!!!」


もちろん俺もすぐに後を追ったが、寸でのところで見失ってしまった。……不覚っ!





「ふふ。柳生先生、あのふたりの追いかけっこは相変わらずですねぇ」
さん……貴女、仁王くんに気づいていらっしゃったでしょう?」
「さぁ、どうでしょうか」
「面白がるんじゃありません、まったく。まぁいいでしょう、次の患者さんを呼んでくれたまえ」
「はーい。切原さーん!診察室へどうぞー」










唄ってくれたのはもちろん、熱帯魚のヤツです。



作成2011.01.14きりん