(跡部が可哀想です)





常に忙しいけど、最近は特に忙しかった太郎さんとゆっくり過ごせる、久しぶりの何もない土曜日。

午前中は遅く起き出して一緒に作ったブランチを。
その食事中、天気も良いし午後から何処か出かけようか?と言ってくれた太郎さんの言葉には丁寧にお断りを入れて
今日は一日中家でふたり、のんぶり過ごしたいとオネダリした。

太郎さんも久しぶりのお休みだから、ゆっくり身体を休めて欲しい。
そう言ったのは本心からだったけれど、思うところは別にある。

だって、外へ出かけることに全く魅力を感じない。
折角ふたりでいられるのに、わざわざ他人のいる落ち着かないところへ行く意味は無いでしょう?
何より、誰にも邪魔されたく無い。他の何もいらないの。

自己中心的で、子供よりよっぽど聞き分けのない我儘を繰り返し思い描いて。
吐き出すことが無いままだったお蔭で、それはすっかりこころの中を黒く染めてしまった。
全部隠して、小首を傾げてニッコリ笑えば、太郎さんも口元を緩めて了承してくれる。



食後、食器はすぐにシンクで洗ってしまって。
日当たりのいいリビングでふたり揃って長閑な時間。

ゆったりと腰を掛けたソファで本を読む太郎さんの膝に頭を預けて。
私は贅沢な枕に酔い痴れ、特に何をするでもなく呆けていた。
あたたかい太陽の光に包まれて、ますます心地が良くて脳も身体もとろりとなる。

ここしばらくの。
私の荒れ具合からは信じられないくらい、こころは穏やかで波紋すらも立っていない。
本当に不思議なくらい、穏やか。

土曜日の午後がいつもこうだったら良いのに。
ううん。むしろ、もうずっとこの瞬間のままだったら良いのに。


夜なんて、―――





、携帯が鳴っている」
「………ん」


そんなことをボンヤリ思いながら、どのくらいの時間まどろんでいたんだろう。
無防備で、すっかり油断しきっていたせいで、太郎さんに声を掛けられてもすぐには反応出来なかった。

起き上がることはせず、ソファとセットのテーブルへ緩慢な動作で手を伸ばして数秒でバイブ音が止んだ携帯を持つ。
開く前にチラリと太郎さんを伺うと、彼は変わらず本に目線を向けたまま。
一応、画面を見られないように横向きから仰向きに体勢を変えてから改めて携帯を開いて操作した。
メールが一件届いていて、受信ボックスを開ければほんの二分前の時刻表示がされた未読メールが姿を現す。

『跡部景吾』

ディスプレイには予想していた差出人の名前が浮かんでいて。
本文には、たったの一行。

『今日は、来ないのか?』

ここ最近はずっと、土曜日になると跡部くんの部屋に入り浸っていて。
時間なんて無視で飽きるほどにお互いを求めて狂ったように抱き合い続けて。
日曜日の夕方になってからようやく此処に戻る生活をしていた。
それがこの時間になっても連絡も何も無かったから、きっと不思議に感じたんだろう。


彼らしい端的な便りは私のこころに小さなしずくをひとつ落として、ほんの少しだけ水面を揺らした。


余裕が欠片も残らないくらい激しく強く攻めてもらうのが好きで、いつもそうされていた。
だって、快楽に身を任せている間は脳が痺れてクラクラして、余計なことを考えないで済む。
最中に私が我を忘れて泣き叫んでも彼は止めず、構わずに続けるのはそれを知ってるから。

だけど、絶頂の波が引いてしまうと、後に残るのは言い様もない喪失感だけ。
その空虚を埋めたいがために私はもっともっと、貪欲に跡部くんを求めることを繰り返す。

スパイラルに陥る。
ただただ見えない地の底へ堕ちていくだけの、決して良くないことだと感じ取っているのに、
跡部くんは終わらせることをしない。
強請る私を拒めず、絶てないまま中途半端にズルズルと先延ばしにしている。


本当に優しい人、残酷なくらいに。


その優しさを受けた人間は、どれほど己に嫌気が差すか。





―――パタン


「……ん?携帯はいいのか」
「うん。……急ぎじゃない、から」


離れたひとり掛けのソファへ携帯を放り投げて、身体をずらして太郎さんの腰に絡みつく。
携帯を視界に入れないように、内容を記憶から遠ざけてしまえるように。
媚びるように甘える私の頭を太郎さんはとうとう読んでいた本をテーブルに置いてまで撫でてくれた。
クスリと微かに笑って、仕方のない子だ、と言わんばかりに。

大きく何もかも包み込んでくれるいつもの優しさに浸り、酔い痴れる。
このままで、そう、いつも通り余計なことは何も考えなければ良いだけ。
なのに。
こころがざわついて仕方ない。
あの、たった“ひとしずく”が引き金となって、いつまでも私のこころを揺さぶり続ける。
思わず太股に力がこもり、カッとなった。

きちんと約束してるわけじゃないし、……大丈夫。
そんな言い訳を頭の中で思い描きながら、揺らぐこころは何も考えていない振りをして、
傾いてゆく太陽が告げる残りの時にしがみつく。


夜なんて、来なければ良いのに。










榊さん→太郎さん呼びに日々の中で徐々に変更。学園で“榊”さんと呼ばれることに慣れ、
自分の“かつて”の苗字が自分の中で薄れていき、“榊”は太郎さんだけでなく今の自分のことでもあると強く認識してしまったために、
自分が榊さんと呼ぶとまるで自分で自分を呼ぶような違和感を感じるようになったので名前呼びに変えた。
なんてゴチャゴチャ言ってみるけど、それも本当だけど、実際のところはより距離を近くしたかったから色々理由付けてシフトチェンジしたってだけ。
って感じ。長っ




作成2010.12.06きりん