(ホームシックの夜に 続き)





「どうかしたか、
「あ。ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「いや、本を読んでいたから」


普段とは違い、ボタンを上から3つ外しラフにワイシャツを着こなす家主―榊さんが
セットしていないせいで前へ垂れてくる髪を手クシで後ろへかきあげつつこちらに歩み寄ってくる。
立ち止まってちらりとグラスに目をやったので、飲みます?と尋ねると榊さんは私を見てありがとうと小さく頷いた。
手に持っていた分はカウンターに置いてもうひとつお冷を作る、先ほどとは違いタンクの水音は小さかった。

どうぞと手渡し私も自分の分を手に取って。
特に声に出して合図もアイコンタクトも無かったけれど、私たちは同時にグラスの中身を飲み干した。
喉を通っていく清涼感が気持ちいい。


「……嫌な夢を、見たんです」


潤されたお蔭で、絞った声が擦れることは無かった。
だけど通りがよくなった喉とは裏腹に、次の言葉を滑らかに紡ぐことができない。
なんて説明をすればいいのか。理解されなくてもいい、でも説明したとして感じた恐怖を分かって貰えるだろうか。
当てのない考えにグルグルと頭を巡らせていると、榊さんはなんとなく察してくれたらしい。


「来なさい」


グラスを私の分も併せてシンクへ置いてから、榊さんは私の背中に手を添え足を進めるよう促す。
真意が分からず榊さんの顔を見ると、ひとりで居るよりはいいだろうと何でもないように優しい色を浮かべた目を細めた。
子供をあやすのと大して変わらないその態度、触れられ思わずドキリと心臓を高鳴らせてしまった自分が恥ずかしい。

いくら事の経緯全てを知っているとはいえ、ここでの私の立場は彼の姪であり彼の教え子だ。
真実の私が成人していようと、まるでパトロンがするように大量の衣服や装飾品を私が彼に買い与えられていようと、
その実態はただの庇護者と厄介者でしかなく、色のある展開になりようもない。
彼がもし望むとするならばそれを覆すことを私は拒否できないし、厭う理由も……ない。
どちらが上だの下だの、榊さんにとってはナンセンスらしいけどそれが揺るぎないのもまた事実。

榊さんの寝室のベッドにお邪魔するのはこれで2度目。
1度目はこちらに来てすぐ、眠ったまま意識のない私を榊さんが運び寝かせてくれたとき。
その翌日には今私がお借りしている客室のベッドを使えるようにして頂いたから、それきり。
だけど。


「えっと……」
「早くしなさい、身体を冷やしてしまうだろう」
「お、お邪魔します」


ベッドは普段見る榊さんから想像するイメージとは少し違い、シンプルで華奢なフレームのアイアンベッド。
それは2人でもゆったり余裕を持って眠れそうなくらいのスペースは十分にあって。
その半分より少し向こう側で肘をついて横になった榊さんは、掛布団を捲って私をいざなう。
久しぶりのベッド、自分から進んで入るのはちょっと気恥ずかしくて。躊躇していると急かす声が静かに飛んでくる。
確かに少し肌寒くてこれ以上の我慢は風邪を引くかもしれない、私は、もうどうにでもなれ!と布団へ飛び込んでいった。

隣に収まってころりと転がれば、榊さんが掛布団をふうわり肩まですっぽり掛かるよう身体の上に掛けてくれる。
すると小さく巻き起こった風のせいでコロンの香りが鼻を柔らかくくすぐって、
すぐそばに榊さんがいることを実感してしまった私の心臓の鼓動は加速していく。
なら、いっそのこと。もっともっと、感じて慣れてしまえば心臓も落ち着くかもしれない。

布団に入り直し横になった榊さんにそっとにじり寄って、左腕にぎゅうと絡みついた。
恥ずかしくて顔を見ないよう腕に顔を埋めていたからどんな表情をしているかは分からないけど、纏う空気は柔らかいまま。
さっき背中に添えられたときと変わらない優しい手が私の頭をゆっくりを撫でる。
何度も何度も、一定の間隔で刻まれる甘い感触は心地が良くて、心臓もゆるゆるとその緊張を解いた。

もっと心地の良い感覚を味わっていたいのに、思いとは裏腹にまぶたがとろりと重くおちてくる。
決着をつけたとはいえ、所詮形だけ。もう一度眠るのは怖くてすっかり目が覚えていたはずだったのに。
感じていた絶望や恐怖はすっかり頭の片隅に追いやられて、今はただ。
脳がじわじわと融かされるような甘いぬるま湯に、このまま浸かることしか考えられなくなっていた。










タローのベッドがふっかふかのでっかいキングサイズとかじゃないのは私の趣味(笑)
彼は、人から見えない己のプライベートな面においては豪奢にするよりいかに自分が心地良く過ごせるかを重視してて。
なのでベッドフレームは特にこだわらないけど、マットレスやらお布団やら枕やらは
自分の身体にピッタリ合った大きさやら堅さやらをオーダーメイドしてそうだなーと。中身の、大人の贅沢^^




作成2010.11.25きりん