(前の続き 何も知らない跡部の優しさに付け込んで慰めてもらう、ちょい酷い子仕様です)





カーテン越しに差し入る淡い太陽光以外、灯りが付いていないために薄暗い部屋の中央には豪奢な応接セット。
窓際には十分な大きさのデスク、いくつか並んだ壁際の書棚は綺麗に整理されている。
まるでどこかの企業の社長室のような雰囲気に何となく圧倒されてしまう。


「とりあえず座れ」
「……」
「その顔のまま校内を練り歩きてぇなら、俺は止めはしないがな」


強引にだけど促されて、私は恐々ながら革張りのソファに腰を下ろす。
跡部くんはというと、特に動こうとはせず、扉のそばの壁に身体を預けて立ったままで。
スイッチには手が届くはず、でも部屋の中の視界が悪いに関わらず灯りを付けようとはしない。
ぶっきらぼうに見えても、そんなところに彼の優しさを知って。ほんの少しだけ、肩の力が抜けた。


「話すのが嫌なら無理にとは言わねぇ。だが、吐き出した方が良いってこともあるぜ」


室内に静かに響く言葉。選択肢を与えているようで、その声には有無を言わせない強さがある。
吐き出すのが良いことっていうのは解ってる。だけど、従うわけにはいかない。
その強さに負けてしまわないように。抜けたばかりの力が無意識ながら再び加わり、身体が強張る。


「……あまり、家に帰ってこないんです」


握りこんだ拳。昨日の夜も……結局は帰って来なかった榊さんを待っている間。
時間を持て余して、ヤスリ掛けとトップコートを施し手入れをしたばかりの爪が手のひらに食い込んで痛い。


「アーン?監督が帰って来ねぇくらいで、そんな風になっちまうモンなのか?」
「え、と……馴染みの無い、土地で心細い、のと、私には……他に家族が……いないので」
「……まぁ、家族を喪う痛みを知らない俺には解らない部分ってことか」


鼻を啜りながら上辺の理由をなぞるのが出来る精一杯である私の心情を、
本当の理由を知る由もない跡部くんは勝手に解釈して納得したらしい。

だけどそんな中途半端に濁した吐き出し方では私のこころは晴れはしないし、
何より自分が強いられたこんな理不尽な状況に納得がいくわけが無い。

私の今こうなっている本当の理由?
そんなもの、何も知らない人間に説明出来るわけが無いし、したところで解ってくれるの?
逆に私の方がこの結果へと招かれた納得のいく理由を知りたいわよ。


「おい、今後は俺に何でも言え。どうにかしてやる」


私の腰掛けるソファへ歩み寄り、目の前に立った跡部くんは私の頭にポンと手を置いた。
今の台詞だけで解る。
テニス部員だけじゃなくて学園の生徒みんなに慕われる彼は、面倒見が良く、懐が広くて深い。

跡部くんは何も知らないし、知らないながらも解決するため力になってくれようとしているのに。
でも、そうして差し伸べてくれる手は、今の私には苛々させるだけでしかない。

―――立派なものですね。


「……何でも、ですか?」
「ん?あぁ、何でもだ」
「なら、」


その悠然と構えて余裕に満ちた態度が、癪に障って仕方無いの。


「ッ!?」


不意打ちで手首を掴んで腕を強めの力で引けば、油断していたらしい彼はグラリとこちらに傾いてソファに咄嗟の膝を付く。
立て直させる間も与えず、その年齢にしては早熟で既に男性と成った身体は女の私でも容易に腕の中へ収めることが出来た。
筋張った首に腕を回して顔を近づけて、そっと甘く強請る。


「ねぇ、跡部さん。忘れさせて……?」


涙が溜まった目で見上げると、あの強気な彼が迷った瞳を見せた。
普段なら恐らく即刻拒絶を示すであろうはずが、予測出来なかったイレギュラーに対応しきれていない。
外見とは裏腹なその若さに付け込む隙を見つけ口が勝手に緩い弧を描く。


「今だけで良いんです」
「だが、」
「今だけ、だから」


必死に懇願する私に根負けする“形を取った”跡部くんは、一度だけ唇を引き締めて。
意を決したようにゆっくりと上半身を倒して顔を近づけてくる。
触れるまでもう一息。眼前で一旦動きを止めて、私が目を閉じたのを確認して。
小さく息を吸ってから、唇を寄せた。


それはまるで小鳥が啄ばむような本当に軽いキス。
でも、それだけでも私たちの背中を押すには十分だった。










跡部サマの曲、理由→Betrayalとかどうでしょ?^^



作成2010.12.01きりん