(何も知らない跡部の優しさに付け込んで慰めてもらう、ちょい酷い子仕様の予定です)





声を掛けてきた隣の席の長太郎くんに、無理矢理浮かべた笑顔と一緒にかろうじで手を振って私は教室を出た。
時々かかる、半ば病気みたいな波がよりによって昼間の学校で襲いかかって来るなんて。
その理由は榊さんしか知らなくて、そして榊さんにしか緩和させることが出来ない。

いつもだったらそれは極小さいうちに散らしてしまっていたのだけど、
最近の榊さんは教師としてのモノとテニス部監督としてのモノと榊グループトップの一員としてのモノと
そういう、私にはわからない色んなお仕事を抱えているらしく多忙を極めている。
家に帰って来ない日も続いていて、そんな夜はひとりベッドで―ときどきは榊さんの寝室に入り込んで勝手に―耐えていた。

けれど。耐えて凌いで、溜め込んで。堪えきれなくなった特大の波がとうとうやって来てしまった。

顔が歪む、目頭から熱いものがこみ上げる。こころがぎゅうと締め付けられ、悲鳴を上げたのが分かる。
とにかくこんな姿を人目に晒せない、ううん、晒したくない。
人が誰もいないところなら、もうどこだっていい。
私はすれ違う誰の顔も見ないよう顔を俯かせて足早に当てもなく進んでいく。

普段使われることが少ない特別教室棟まで来ると人気は完全に無くなり、シンとした静寂が広がるだけ。
それに安堵するとふっと力が抜けて、廊下の一番奥にある部屋の扉の前で壁を背にずるずると座り込んでしまう。
しばらく膝を抱え、顔を膝に埋めていると扉がカチャリと音を立てた。
誰もいないと思い込んでいた私は本当に驚き、肩をビクリと震わせ思わずヒッと小さな声を漏らしてしまった。


「ッ!?………ん?」
「あ……」
「お前は……監督の」


キィと扉が開く音に恐る恐る、ほんの少しだけ顔を上げると、
榊さんが監督をしている関係で何度か顔を合わせたことがある、テニス部の部長である跡部くんがそこに立っていて。

親しいわけじゃ無いからこの印象は間違っているかもしれないけれど、
冷静で、殆ど感情を揺らしたり大げさに表情を変えたりしないだろうその彼が、
心底驚いたという声と目を見開いてギョッとした表情を浮かべて私を見下ろしていた。
そりゃあ誰もいないと思い込んで部屋を出た先に、髪をふり乱した女子生徒がうずくまっていたら私だって驚く。


「……泣いてんのか」
「っ、!」
「オイッ!待て、落ち着け」


驚いたことと涙を見られてしまったことに動揺した私は、慌てて立ち上がってその場から駈け出そうとした。
でも跡部くんに力強く掴まれてしまった腕がどうしても解けなくて逃げられない。
そんなもがく私などお構いなしに、跡部くんは掴んだ腕を引っ張り強引に扉の中へと私を押し込んだ。










ごめんよあとべサマ



作成2010.11.30きりん