(名前変換主は男の子です。放浪癖のある写真家くんが、クラスメイトの幸村くんと交流する話。の続き)





「交響曲?好きな曲クラシックかー俺さっぱり」
「えっとね、重低音が特徴あって。簡単にいうと、〜〜〜みたいな感じなんだけど」
「あ、あー!なんか音楽の時間とかにメロディ聴いたことある気ぃするわ。へー、それそんなタイトルなんだ」
「ふふ。クラシックって普段結構耳にするけど、題名まで気にすること無いもんね」

「今日さぁ、根津ちんが授業中社会の窓全開だったんだけどいつ指摘していいかわかんなくてさー」
「あははっ。根津先生って結構おっちょこちょいなところあるよね。でも色々気に掛けてくれる良い先生だよ」
「まぁね。ただ、ちょーっと暑苦しいけど?」
「あぁ……それは否定できないなぁ」

「植物と触れ合うのが好きで、ガーデニングが趣味なんだ。それが高じて美化委員もやっちゃうくらい」
「えー、幸村くんかっけぇー!あ、じゃあさ、育てたの今度写真撮らしてよ」
「うん、ぜひ撮ってやって。同じ花でも一瞬一瞬、見せる顔が違うから良いんだよね」
「それわかる!自然って、撮り逃すと二度と同じ瞬間来ないからマジ悔しい」


あれからは時折ふらりと病室を訪れては、幸村を相手にだらだらとお喋りするようになった。
面白い話をすれば笑い転げてくれ、好きなものの話を聞けば顔を綻ばせ、
きらきらと目を輝かせながら熱心に話をする幸村を見るのが最近増えたの楽しみのひとつだ。


「なぁなぁ、これ俺が撮った写真なんだけど、どうかなー?」
「わあー!うわあ、すごいっ」


今日は先日の放浪中に撮った分をいくつかプリントアウトし、薄くて透明なフォトアルバムに写真を収めたものを持参した。
は写真を見たいと言ってくれた幸村のために多数あるうちから厳選し、邪魔にならない大きさのフォトアルバムを探し回り完成させた。
風景としてはありふれているが、写真はどれもこれも、花や草、木の色がとても鮮やかで、生命の力強さを感じさせるものばかり。
広がる世界に幸村は思わず目を奪われ、食い入るように写真を見つめる。


「よかったらさ、このアルバム貰ってくれる?」
「えっ、いいのかい?」
「もちろん。そのつもりで持ってきたんだし」
「ありがとう、とても嬉しいよ!」


押し付けがましくならないようあくまで軽く、がさらりと言った言葉を聞いた幸村は嬉しくなりますます目を細める。
改めてはじめのページを開き、順を追って写真を眺め始めた。
それを2度3度繰り返すと、楽しそうだった幸村の顔がふと真顔になる。そっとアルバムを閉じ、そばの椅子に腰かけるに向き直る。


「ん?幸村くんどした」
「……頼みが、ある」
「お……おう。なになに?」


幸村の弾んでいた声が低くなり、真剣みを帯びた。
さっきまでのものとは全く違っていて。その空気を感じ取りったは背筋をほんの少し伸ばして聞く体勢を整える。
それを確認すると、幸村はふかく深呼吸してからゆっくりと口を開いた。


「……テニスを。……テニスコートと、ラケットと、ボール。それから、テニス部を。部活の様子を写真に撮ってきてくれないか」


開かれた窓から、風が一筋通り抜けた。
表情には余裕が無い、それでも風音に負けず病室に響いたのは、一本芯が通った意志の強い声だった。

矢張り、幸村にとってテニスの話は鬼門なのだろう。これまでのとの会話の中では、一度も出てこなかった。
幸村はテニス部部長であり、自身も全国区のプレーヤーだ。見舞いに来たテニス部員の前でのことはの知るところでは無いが、
それほどまでにテニスに関わってきた人間が、それに関することにひとつも触れないのは、意図的に避けていたからに他ならない。
も何となくだが気づいていて、あえて話題には選ばず、幸村からの発信を今まで待っていた。


くんの目が見た、くんが撮った写真のテニスが、みたい」


彼の撮ったどの写真を見ても、被写体がとても魅力的に目に映った。
それは被写体の良い部分を探し出して引き出すため、目いっぱい見つめてたくさんの愛情を注いでいるから。
だから、彼の撮った写真でテニスを見たら。今まで気付けなかった新しいテニスを知れて、今自分が抱いている複雑な想いが晴れるかもしれない。

常勝立海、テニスは強さが全て。
―――そういう意識を持ったテニス部員以外の目で客観的に見た感覚のテニスを、幸村は無意識ながら欲していたのだ。

幸村はまっすぐにを見る。
その瞳は、苦痛の色で揺れていた。

その瞳と視線を合わせ続けることが憚られ、ほんの少しだけ斜め上にズラし、こめかみの辺りを人差し指でかきながら。
それからもう一度、何かを決めたように視線を戻して幸村と目を合わせたは言った。


「……俺ねー、普段人物撮らねーから。ぶれてても怒らないでね?」


母親に小さないたずらが見つかり、こわごわと反応を待つ幼子のような顔をして。
その中に、楽しみを見つけたような、弾んだ心を含ませたどこかワクワクとした表情で。

あまりに真っ直ぐな幸村の視線を真正面から受け止めきれないと感じたは、
茶化して空気を和らげることによって、痛いくらい切実なその想いを、まるごとふんわりと包み込んだのだ。

てっきり、そうする意味が解らないというような反応をされるのだとばかり思っていた幸村は、
が見せた思いもよらない顔に面喰って、目を二度三度と瞬かせてから、ぷっ、と堪えられず噴出してしまう。


「!………ぷっ、あはははっ!うん、怒らない、怒らないよ」
「ならオッケー。出来上がりを楽しみに待ってて」


そんな幸村を見て、も笑みを深くした。
やはり、幸村はいつでも楽しそうに笑っているのが良い。そんな風に思いながら。

もう一度アルバムのはじめのページをめくった幸村の瞳には苦痛の色が未だ残っているが、ほんの小さく光がさした。










あれ、終わんなかった…^^
根津ちんとは、立海の生徒総会定期発行誌“百川帰海”内クラブ活動報告[中学テニス部に寄せられた声]にて激励している
赤也くんのクラス(2−D)担任の根津先生のことです。40.5巻、ありがとう!(笑)
呼び方は根津ちんと根津っちでちょっと迷いました。^^




作成2011.05.13きりん