(名前変換主は男の子です。放浪癖のある写真家くんが、クラスメイトの幸村くんと交流する話。 ※幸村くんが入院中の話・一部矛盾あるかも)





「ういーす」


3時間目の授業終了後、授業の疲労が溜まり重い雰囲気をまとった3年C組の後ろの扉がガラガラと音を立てて開く。
独特の気怠そうな声とともに教室へと入ってきた人物が姿を現した瞬間、空気は一転し、クラスはいっせいに沸き出した。


「おおー!〜!!」
くん久しぶりー!」
「おかえりー!」
「なんだよお前、生きてたのかよ〜!」

「おーう、久しぶりー。ただいまーっ。ちゃーんと生きてたぜー。はい、お土産ー」


へらへらとした笑顔を浮かべたまま彼は、声を掛けてきた全員に返事をしてから窓際一番前の席へ移動した。
そこは彼の席では無い。そこから各机を順番に回り、持ち帰ったお土産を不在の机に置いたり直接手渡していくのだ。


「へぇ。今回はお菓子じゃん、豪華〜」
「行った先で会って喋ったおばちゃんと仲良くなってさー、クラスのお土産探してるって言ったら、お菓子買ってくれちゃった」
「マジでー!?初対面だろー?」
「ははっ、さすがババころがし!サンキュー」


彼のお土産というのは、現地で摘んできた花だったり、地元の人と仲良くなってもらった物――今回のようにお菓子を買ってもらったり、
土産物屋の店員が処分寸前の商品をこっそりくれたり――がほとんどを占める。後者は特に彼の人柄ゆえだ。
彼はこうして放浪から帰ってくると、クラスメイトひとりひとりに直接お土産を渡すのが習慣となっている。

ちなみに余談だが、彼のお蔭で休みの日などに家族で遠出をしたら必ずクラスメイトにお土産を買ってくるというのが
今やクラスの暗黙の了解になってしまっている。ただしそれは強制では無く、すべて自主的にだ。

このには放浪癖があり、季節の変わり目などには必ずフラリと何処かへ出かけていってしまう。
その目的は写真を撮るためだ。自然が魅せる、ある時は鮮やかで力強い、ある時は淡くて優しい色の風景が彼を捉えて止まない。
写真を撮るためならば、彼は風呂も入らず着替えもせず何日も過ごしたり、野宿や無人駅での宿泊も平気でやってのけてしまう。
熱中している間は食べることさえ忘れているが、納得できる良い写真が撮れたと思った途端お腹がすいたと家へ帰っていく。
注意しても何度も同じことを繰り返すので、もはや家族でさえ彼が出かけていくことを放任し、
無事に帰ってきたときには食べ物をたくさん用意してやり、盛大に出迎えることにしているくらいだ。

家族でさえそうなのだから、学校も彼に関しては既に匙を投げてしまっている。特にこの立海という学校において異色の存在である彼は。
ただし、学校を通して出品する彼の写真は素晴らしく、コンテストでは様々な賞をいくつも受賞しているほど。
学校の名を広め、栄誉をもたらした功績として、彼の高等部への進学はほぼ内定している。出席日数はギリギリで怪しい、が。


「あれ?なぁ、幸村くんは?」


いつもニコニコと、彼が思わず嬉しくなってしまう笑顔でお土産を受け取ってくれるクラスメイトが席にいない。
キョロキョロと見回してみても姿が見えない。今日は休んでいるのだろうか、机の横を見ると鞄がかかっていない。


「幸村、あんま身体よくなくてさ。再入院したんだ」
「えっ、マジ?」
「最近は安定してたんだけどなー」
「でもケロっとした顔はしてても、結構無理してたみたいだぜ?」
「そっかー……ちなみに病院どこだっけ?」
「前と一緒。金井総合」
「わかった、サンキュー」
「ちょ、どこ行くんだよ」
「ちょっと土産渡してくるわ。じゃーなー」
「ええー!!」


次の授業が始まるチャイムが鳴る寸前、驚く友人たちをよそに彼は教室を出て行ってしまった。
入れ替わるように担当教師が入ってきたが、が来ていたことには気づいていないようだ。


「つーかアイツ、せっかく学校来たのに授業いっこも受けてねーじゃん!」
「ぎゃはは、結局滞在10分?何しに来たんだっつのっ」
「まぁ土産配りにきただけなんじゃね?」
「はは、らしーわ」















「すいません、幸村精市くんの病室を教えてほしいんですが」
「はい、少々お待ちください」


立海の男子用制服というのは着る人間にもよるが、パッと見はスーツのようだ。
シャツには校章が付いているが、ジャケットを羽織ってしまえばそれはすっかり覆われ見えなくなってしまう。
そのお蔭か制服のまま昼間出歩いていてもあまり目立たない。営業中のビジネスマンだと思われるので、カフェで一休みも難なく出来る。
まぁ、立海生は真面目な人物が多いのでそのような生徒は希であるが。その特性を生かし、時折出歩くは希な生徒の部位だ。

応対した受付の女性も、平日の昼間に中学生が見舞いに訪れているにも関わらず咎めなかったのはその辺りに要因がある。
病室の番号もすんなりと彼に教えてしまった。彼は愛想よくお礼を言うと、教えられた病室へと向かった。―――


「はい、どうぞ?」


ノックの音に気が付き、もう何度目かになる画集をただ眺めていた幸村は顔を上げた。
まだお昼前、検温や回診は少し前に終えたばかりで、母親がやってくるのは家のことを済ませた後なのでいつも午後、
テニス部員や学校の友人たちはまだ授業中だ。誰が来たのか見当が付かず少し不審な気持ちになったが、持て余す暇が手伝い好奇心が勝った。


「失礼しまーす……お、いたいた。幸村くん、調子どう?」
くんっ?どうしたんだい」
「これこれ。はい、お土産」
「え?わぁ、ありがとう!……って、まさかお土産のためにわざわざ?」
「やっぱ土産はクラス全員に渡さなきゃだろ?」


ドアが開いて見えた顔は、放浪癖があって先生たちを困らせてるけど何処か憎めないクラスメイトの姿。
彼は放浪した際必ず今日みたいなお菓子だったり、その土地にある花などをお土産と称して持ち帰ってくる。
幸村は趣味がガーデニングであるほど花が好きだ。綺麗な花を受け取ったときはとてもわくわくするし、
可憐な花のときは嬉しくて心が和む、時にはその土地に自生する自分が見たことの無い花を貰うと驚きと興奮を覚える。
お土産が花でなくお菓子のときでも、必ずそれにまつわる面白いエピソードが聞ける。
まるでビックリ箱。何が飛び出すか解らない彼のお土産が、幸村はいつも楽しみだった。

今回のお菓子について聞くと、現地で気のいい中年女性と意気投合したらしく、会話の途中クラスメイトのお土産を探していると話したら
なんとお土産物屋へと連れて行かれ、お菓子を買ってもらったらしい。クラスメイトの人数に足りるように、なんとふた箱も。
初対面の相手にも物おじせず懐に入り込み、すっかり溶け込んでしまう彼が大物すぎて、幸村は思わず笑ってしまった。


「やっぱ幸村くんの笑顔いいなぁ〜来てよかった」
「あははっ、なんだいそれ」


それからふたりはひとしきり会話を交わし、途中が自分用に売店へ買いに行ったパンで幸村の昼食に付き合った後も続き、
結局、午後2時ごろに幸村の母親が病室にやってくるまで会話は途切れることなくふたりは時間を忘れて盛り上がった。
別段重要な話ではなく、学校やクラスの様子だったり、が遭遇した放浪中の珍体験など他愛もない世間話だ。
相手は単なるクラスメイト、これまで長い時間をふたりだけで話をしたことなど無かったのに
今日こんなにも盛り上がったことにお互いが不思議に思いつつ、幸村はやってきた母親を迎え、は椅子から腰を上げた。


「すいませんお母さん、お邪魔しました。あっ、椅子使ってくださいね。じゃあ、幸村くんも」
「なんだか長い時間この子に付き合わせちゃったみたいで、ごめんなさいね」
「ありがとう、くん。お土産も美味しくいただくよ」
「おう。また来るから」


閉まったドアを少しの間見つめてから、幸村は机の上に置いていたお土産に手を伸ばした。


「……とても楽しかったみたいね精市、良い顔をしているわ」
「そうかな?」
「そうよ」


ゆっくりと包装をはがして出てきたのはよくある焼き菓子で、ひとくちかじると口の中が渇いてしまうほどパサパサなのに、
そのときの幸村には、それが妙に美味しく感じられた。


「……うん、そうかも」










ちょっと記憶が混ざってあやふやなので矛盾してるかも…?いちおうこのお話の中では
2年生の幸村くん倒れる11月末〜12月→入院→3年生進級時、完治はしてないけど体調は良いので学校に一時復帰→再入院という定で。
原作かアニメか忘れましたが、カレンダーに入院日(もしや手術日?)のしるしがついていたような記憶なので行ったり来たりしてたのかな?と。
幸村くんが3年生になったばかりの頃は学校行ってて、夏前に主人公がぶらり放浪して帰ってきたときにはもう入院生活に入っていた感じです。




作成2011.05.05きりん