(ちょっと跡部さまをリードしてみませんか)





跡部の唇は想像していたよりも潤っていなくて。
一旦離れて改めて見てみると、それはいつもよりも艶が無いように映った。


「っく、……はぁ」


それでも。唇の艶は無くても、雰囲気や表情や仕草なんかはやっぱり全部艶っぽい。
今だって、普段は強気に釣りあがった目や眉がとろりと下がっている様が、
薄い桃色に染まった頬が、唇の隙間から漏れ解放された吐息が。
そういうものが全然、むしろいつもより濃厚な艶を持っているくらい。

ぱらりと乱れ落ちる前髪を横へと流し、露わにしたその額にはうっすらと汗が浮かぶ。
そこへ私はゆっくりと自らの唇を寄せ、ちう、と音を立てて軽く触れた。ほんの一瞬だけ。
本当にそれだけだったのに、跡部は身体をびくりと震わせ思い切り仰け反った。
そのお陰で少しだけふたりの間に距離が空く。

頬に留まらず耳まで均一に染め上げた顔を俯かせる目の前の可愛いいきものは、
私と合わすまいと伏せた目の上の長い睫毛を気のせいではないくらいには震わせていた。
まるで何かに堪えているかのように。

そのままで一寸。
私にとっては一分も経過していない、しかしきっと跡部にとっては長い長い時間だったのかもしれない。
上げられた顔は大決断でも下したのか真剣そのものだった。
(でも顔を上げるときの動作はゆっくりで。まだ若干迷っていて恐る恐る、のようにも見えて。
常にきっぱりとした跡部のこういう姿って、すごく珍しいんじゃないだろうか?)

真剣さがより顕著に現れていたのが、空も海も宝石もどれも持っていない跡部だけの青色。
そこへ映し出された、本当に楽しそうに、とても綺麗に笑う見慣れた人物を、私はこれまで見たことが無いと感じた。
こんなにものを美しく映す色を持つ跡部には、世界は一体どんな風に見えているのだろう。って、ふと思った。


「何、見てやがる……」
「ふふ。別に」
「………チッ」


好きだと吐き捨てられた一言を拾う暇もくれないまま、跡部から性急に押し付けてきた唇と唇はもう合わせたというのに。
それなのに、私の方から一歩近づいただけでこんなにも動転するなんて。
疑っていたわけじゃないけれど、さっきの言葉に嘘偽りは存在しないんだって。
本当に私のことが好きなんだって。確信出来る。

ああもう、本当に可愛いなあ。
もっと、もっと可愛い跡部が見たい。

貪欲になってしまった私に訪れたのは、ほんの小さな嗜虐心。


「っ!」
「ねぇ、……どうされたい?」


意図せず優位に立っている私には先ほどの跡部が見せた反応を含め、
どうすれば自らの欲求を満たせるかが手に取るように解る。答え?そんなの簡単でしょう。










イケイケも捨てがたいけれど、初々しいべさまも案外悪くないじゃなーい



作成2010.08.27きりん