(※「理解」のつづき)
宍戸に取り押さえられた女子生徒は暴れることなく、解放された後も茫然自失といった状態やった。
チラリと見たけれど全く顔に見覚えが無い、きちんと基準服を着た大人しそうな子で。
見た目で判断するのはアレやけど、こういうことをするような子にはとても見えん。
「お前、名前は?何故こんなことをした」
騒ぎを聞き、駆けつけた跡部は床に座り込んだ女子生徒に問うた。
ぽつりと漏らされた名前を耳にした瞬間、俺は血の気がザッと引いた。
あのとき。放り出してしもた義務を果たさなアカン相手やった。
「私はただ……繋がっている糸を切り離そうとしただけで……」
「そうしたら……あの日は来てくれなかったけれど……」
「……今度はさんじゃなくて、私の手紙を選んでくれたかもしれない…でしょう?」
俯き加減で虚ろな目をして、上から下まで全身脱力したんかヘタリと座り込んで。
まるで糸が切れたマリオネットのように動かない女子生徒。
ただその中で口元だけ歪めて一瞬だけクスリと笑って、それを目にした俺は皮膚があわ立つのを覚えた。
― 全部が全部という訳や無い。
― せやけど、この子をこんな風にしてしまった責任っちゅうんは少なからず俺にも……
ようやく現場に教師が到着し、何処かへ連れて行かれる女子生徒の小さく丸まった背中を見送りながら
ぐるぐると脳内を駆け巡っている自分自身に対する言いようも無い嫌悪と戦っている俺に
「なんてツラしてやがる」と、跡部は背中を軽く叩き保健室へ行くため歩を進めるよう促した。
見栄っちゅうもんは、こんなときでもきっちり残っているもんやなぁ。
俺は呆けたままやったけど、跡部の手が導く方へ進んでいた。
これ以上ここにいれば、もっとみっともない醜態を晒すことが解っていたかのように。
けどそれも保健室に入って扉をピタリと閉めるまで。
先に中で手当てを受けていたの、いつもくるくるとよう変わる豊かな表情を忘れさせるくらいの強張った顔を目にしたら。
― そんな顔させてしもたんも、……俺の、俺がっ!
ただでさえ許容量ギリギリやったんに脳内で悪いモンがドンドンドンドン膨れ上がって
圧に耐えられんようになったんか、俺の薄い皮一枚で保たれてた殻は全部破けてしもて。
「おい、忍足?」
「……アカン、もう」
とうとう立っていられんようになった。
足は力が入らんくて、支えきれんくなった身体は扉を背にズルズルと崩れ落ちて。
酷く頭痛がして。
無意識でも痛みから己を守ろうとしたんか頭抱えて、それでも悪いモン吐かんよう必死で歯ァ食い縛って。
「なんでや……」
「アン?」
「なんで俺らがこんなメに遭わんとアカンのや!」
せやけど、どうにも無理やった。
それはもう俺ん中でせき止めてられるような大きさやなかった。
「俺らは何も!何もっ………して、へんやないか」
シンとした保健室に、俺の荒げた声だけが響き渡る。
室内で反響して俺の耳に入ってきた俺自身の声が殊更空しさを強調したような気がして。
目の前にや跡部や保健担当がいるにも関わらんと、目から沸き上がったモンが今にも零れ落ちそうになった俺へ。
「……フン。仕方が無ぇだろ。そういう立場に立っちまったんだ、グタグタ言ってねぇで覚悟決めて腹ァ括れ」
黙ったままやった跡部が乱暴に寄越した言葉が、やけに身に染み込んでいった。
数日してすぐに夏休みに入り、俺はその間ただひたすらテニスに専念した。
勿論、練習を疎かにしてレギュラー落ちせんように。
それから。“あの出来事を忘れたい”て、何かに打ち込むんは酷く自然な流れやろう。
夏休み中はと一切連絡を取らんかった。
あの次の日から学校を休んで、そのまま夏休みに入ったからもう顔すら見てへん。
大丈夫か?休んでる間、どうしてる?
そんなメールの一通でもしようかと思ったけど、送信ボタンはどうにも押せんかった。
とうとう迎えた始業式。
夏休み前と比べて、減った生徒の数は2人。
最後に見たの顔が笑顔でなかったことだけが、今は心残り―――
9月、私はオーストリアの地を踏んでいた。
本格的に声楽を学ぶための留学のお話は以前から頂いていて。
本当なら学園で推奨されている冬期交換留学の制度を利用して短期で行くはずだったのだけど。
叔父に……榊先生に無理を言い。すぐに姉妹校へ入れてもらえるようお願いしたのだ。
逃避の方法が海外留学だなんて随分明るい話だわ、
なんて思わず自分で自分を嘲笑しそうになったけれど、……形振り構ってはいられなかったから。
何食わぬ顔で学校生活を続けていられるほど、私の心は強く出来ていない。
一度白紙にし、新しいところで自分に残った禍根を時間を掛けて癒す必要があると感じていた。
だから私は周囲の誰にも何も告げることなく、全てを放棄し逃げ出した。
あの女子生徒は無期停学処分で謹慎を言い渡されたけれど、すぐに届出を出して自主退学したと
留学の手続きが全て終えたとき、榊先生に聞いて知った。
結局。学校に、当事者の中でただひとりだけ残ってしまった侑士には申し訳ないことをしたと思っている。
もしかしたら好奇の目に晒されていたり、周囲から変に気を遣われて居心地が悪くなったりしているかもしれない。
結果的にそういう面倒を全部押し付けた形になってしまって、……それだけは、心残り。
1年生のときのおはなしここまで / ここでいきなり叔父設定(笑)
作成2010.07.23きりん