(所有欲の続き)





「蓮二、どういうことだ。事前に決めていたお前の相手は、」
「少々データを採りたいのでな。急で申し訳無いが、今日はその対戦でいく」
「どうしたのだ。……突然覆すなど、お前らしくもない」
「……俺は何時も通りだ。では、対戦表を跡部に渡してきてくれ弦一郎」


訝る弦一郎を追いやると、俺は先ほどまで目をやっていたノートに再び向き直った。
あくまで冷静さを装っていたが、その実態は、渦巻く俺の心中を必死で押し殺した余裕の無いもの。
ノートを見てはいるものの、並んだ文字や数値が単なる記号か何かのように感じてしまい、意味自体の認識が出来ない。
あくまで今は確認作業。分析結果や内容は全て頭には入っているから問題は無いが、これが今から試合に臨もうという者か。
そんな自分が自分で可笑しくて、つい口元がひくついてしまう。

本当は。採りたいデータなどただの口実。
今日の練習試合に向けての調整は既に終わっており、目の前のノートが黒く埋まっているのがその成果。
……それから。あの時修正した対戦表は、人目に触れないよう意図的に仕舞い込み、変更についても誰にも伝えず今日の日を迎えた。
急で申し訳ない、などとどの口が云う。本当は、自分の欲のためだけに満ちた身勝手な心をひた隠しにしてきただけだ。

ブン太は俺のこの行動をどう思うだろう。
今頃、対戦表を目にしているだろう忍足は、何を思ったのだろう。
それから。

ギャラリーの中に姿を確認することが出来なかったから、恐らくここには来ていないであろう彼女が
もしもこの状況や俺の心中を知ったなら―――?


パキッ


「ッ、」


ノートを無意識に走らせていたシャープペンに無理な力を加えてしまったらしい、
折れた芯が左頬に当たったようで、小さな痛みを感じた。















「……以上だ、何か質問はあるか。無ければアップにかかれ」


何時も通りの相変わらず自信に満ちた声で、跡部は練習試合の組み合わせを告げ、指示を飛ばす。
何時も通りの俺やったら、ここで指示通りにさっさとアップにかかるんやけど。
どうやっても身体が動かんかった。跡部が言うた組み合わせを耳にした瞬間から。


――シングルス3、忍足。対戦は柳だ。


思わず笑った。声には出さんかったけど、口の端が引き攣ったわ。
正直、柳と顔を合わせんのが複雑やったから今日の練習試合自体憂鬱やった。
やで自分の試合ん時以外は適当に校内のサロンでも行って時間潰しとこ思てたのに。
それが何でや、何でその元凶のヤツと対峙せなアカンのや。


「どうした忍足、早くアップに行け」
「跡部、ちょっと対戦表見してくれんか」
「あ?あぁ……いいぜ、ホラよ」


いつまでも呆けて突っ立ったまんまやった俺を、早くしろ、て眉寄せて見とる跡部自体には構わんのや。
俺が関心あるんはその跡部が手にしとる対戦表の方。
それを要求したら更に眉根の皺を深くした跡部が、不思議そうな顔をしながらも渋々とこっちに寄越してくれた。

受け取った対戦表を見れば、S3の欄が“切原”から“柳”へと。潔癖そうな字がご丁寧に赤色で修正入れとった。
柳や、間違い無い。こんなん、アイツの字なんか知らんでも、誰が見たって解るわ。
“宣戦布告”て取ればええんやろ。あんな冷静な男がようやる……。

せやけど柳。キスして来たんは向こうや、俺かて被害者みたいなモンやで。
そんな大事ならな、しっかり手綱握っとくなり首輪付けとくなりせなアカンやろ。
それを怠ったお前もお前や。普段データやなんや言うてるんやったら、こういう時こそ役立てや。

まぁ、……確かに。あんな“じゃじゃ馬”相手やったら得意のデータかて効かんかも解らんな。
そこらへんは同情したる、けど。情けはかけん。

俺かて、やっと手に入れたモンや。そう簡単には手放さんわ。
いっぺんは人のモンやでって思い留まったけど、あの泣いた顔見たら無理やった。
どんな理由でもええから欲しなった、腕ん中に閉じ込めときとなったんや。


ただ……そんだけや。


「忍足?」
「……俺、勝つでな」
「……バカか。当たり前だ」


相変わらずしかめっ面のままな跡部は、
俺の背中の真ん中当たりを平手で一発叩いてからコートに向こて歩き出した。










要らない補足 → S3柳・忍足、S2切原・日吉、S1真田・跡部
勝敗ですか?わかりません!




作成2010.02.22きりん