(キスキスキスの続き)





「なぁ柳。……芥川から聞いたんだけどよ、その」
「あぁ、彼女のことだろう。知っている。それより今はコレを纏めてしまわないといけないから、またな」


そう云って、我ら立海大附属の参謀は机の上に広げられたノートに再び向き直った。
(それを覗き込んでみたけど、なんかズラズラと文章やら数字やらが並んでいて、俺は理解する前に見るのさえ嫌になって目を背けた)
確かにその有り難いノートを纏めなければならないことは解るぜ、来週にはその、氷帝との練習試合があるからな。
ノートに並んだ文章の中に、跡部や芥川。それに……忍足の名前も確認できたから。

なぁ、柳。なんでお前はそう冷静でいられるんだ。
俺の目が、チームメイトとしての目が確かなら、目の前のお前はいつも通りの穏やかそうなお前のままだ。

お前は知っていると言った。
なら、忍足の名前を目にしたら何か思うところがあるだろぃ?
腸が煮えくり返るほどに苛立ったり怒ったりするところなんじゃねぇの?
彼女やその相手である忍足を問い詰めたりなんなりするだろーが!

俺の見えていないところで既に片を付けているんだろうか。
だけど見た感じこの様子だと、そんな素振りは無さそうだ。

ただでさえ他校の生徒な彼女なんだから、見えないところで何をしているんだろうとか、普通不安になったりすんじゃねーの。
そこら辺何を考えているかサッパリ解らない。普段から柳の複雑すぎる思考回路は解らないが、これはそれ以上だ。

何でだよ、好きなヤツが他の野郎とキスしたって話を聞いたら。
普通そんな冷静でいられねぇだろ!


「ブン太、何故お前がそんな顔をする」


柳に言われて、初めて表情に出ていたことに気づいた。
その言い方さえも飄々としていて、むしろそんな柳に対して怒りが沸々こみ上げて。
口出し出来ないような立ち位置な俺なのに、つい声を荒げて感情のままぶつけてしまう。


「だってよ、普通だったらよ!」
「フッ……あいつは何があろうと、必ず俺の許へ戻ってくる。必ずな。
そうだな、俺風に云えば、その確率は……いや、そんなものは言うだけ不毛だな」
「そんなの解んねぇだろぃ、人間の心なんて……」

「……そうだな、心配を掛けてすまない。
だが、これが俺たちの付き合いの形なんだ。理解してくれとは云わないが、分かってくれ」


柳は俺の言葉など関係無いといった風に相変わらず静かに微笑う。
それがあまりに穏やかだったもんだから、俺はすっかり勢いを無くしてしまった。


「あ、いや……柳がイイんなら、俺は別に……」


柳がそう云うなら、これ以上立ち入ったりはしない。
でも俺には理解も出来ないし、分かってくれという柳の希望も聞いてやることは出来なかった。
やっぱり変だ、お前。というか、お前ら。















ブン太はひとつ、重い息を吐き出し部室から出て行った。
扉の閉まる音を聞きながら俺は、ブン太の言葉を口の中でボソリと反芻する。


「……人間の心、か。なるほどな」


初めは。ただ単に面倒を回避するのが目的だった。

詳しい経緯や内容は省くが、彼女は俺の条件に合っていた。
それは彼女も同じ、だから付き合っているという形を取るようになったのだ。
そうすることで煩わしさを回避することが可能、事実目論んだ通りそうすることが出来た。
上手く行っていたはずだ。今後も、このまま続いていく……はずだった。

この計算に、僅かな狂いが生じた。
ブン太が言った、人間の心というデータでは計り知れないものによって。

今ならばまだ修正が可能な範囲。
何故なら、ブン太が先ほど俺と交わした会話の中で感じた、俺への印象にブレが見られないようだったから。
まだ俺には、自らの感情を表に出さない余裕が残っているということ。
(だが、最後には少々の焦りからか捲くし立てる様な言い方でブン太を挫いてしまった。あれは頂けない、反省している)

実際に、彼女と忍足の話が耳に入ってきてすぐの段階では、俺は何とも感じてはいなかった。
彼女の交友関係に口を出さないという約束での俺たちの付き合い。
今までも何度か彼女に関してのそのような話を耳にしているし、その時だって何も感じていなかった。
今回だってそれらと何ら変わりは無い延長上の、取るに足らない事柄だろうと。

だが事実を知り内容を噛み砕き時間が経つに従い、俺の心はざわざわと揺れ始めた。
原因は恐らく、今までの誰とも知らない相手では無く、今回は忍足という自分の知る人間が彼女の相手だということ。
それが俺によりリアルな印象を与え、俺の心を不安定にしていったのだろう。
同じ、テニスをする人間に。どの土俵に上がったか等は関係無く、……負けはいけない。


俺は、練習試合の対戦表に修正を入れた。
いつものように、ただ何も無かったかのように流して済ましてしまうことはせずに。
何故そうしなかったのか、そう問われてしまうと上手く説明は出来ないのだけど。










所有物を横取りされそうで苛々している、
独占欲出ちゃった子供っぽい柳さんを書いてみたかった^^無理だった^^^^




作成2010.02.15きりん