(ぶっちゅうしまくり)





「お前、付き合うてるヤツおるやん。なんでするんや」


冷静沈着な忍足が、何時に無く目を丸くしている。
普段の忍足を知らない人間だったならその表情の変化らしい変化を感じ取ることはきっと出来なかっただろうけど、
クラス内の席やグループ分けや委員会、何かと一緒になることが多かった私だからその驚いた表情を読み取ることが出来た。
本人は自分の今の心情を隠したがったようで、いつもと同じような穏やかな声色でその言葉を言ったらしかったが、
如何せん相手は私だ、その微妙に震えた声が私の耳の奥に届いたときに確信した。心が動いたと。

何も言わずに放課後の教室で忍足のネクタイを引っ張って唇にダイブした。
数秒間触れて、離す。それから冒頭の台詞を吐かれたので、何も言わずにもう一度飛び込んだ。
今度は忍足の後頭部を引き寄せて数十秒。もう一度離す。忍足は何の抵抗もしなかった。
だから三度目、もう一度飛び込もうとしたら私がそうする前に
今度は忍足の手が私の方に伸びてきて私がしたように後頭部を引き寄せて忍足の方から飛び込んできた。

すっかり温まった唇が湿気て濡れて拭いたい気持ちになったときに私の唇を拭うように何かになぞられた。
拭われた唇は乾くことは無く、むしろ余計に濡れて濡れて唇の端っこから水が垂れていく。
首筋に伝って気持ちわるい。拭いたい。でも相変わらずなぞられ続けているそれが気持ちいいから止めたくないから拭わない。

私ばっかり気持ちいいと感じているのは忍足が可哀想だと思うから私も同じように忍足の唇をなぞることにした。
唇をなぞろうと唇を開いたら私がそれを差し出すより前に忍足にそれを唇を開いたその奥に押し込まれてしまったから
忍足がしてくれたのと同じように私が忍足の唇をなぞることは叶わなかったけれど
それとそれを絡ませるのがもっともっと気持ちよかったからもうそんなことはちっとも気にならなかったし考えられなかった。
水がもっともっと垂れていってもっともっと気持ち悪くなったけど、もうどうでもよくなった。
もっと、もっとしたい。

でも忍足はそれを許してくれなかった。はっと何かに気が付いたように、私から離れた。
温まってべちゃべちゃになった唇は、離れた途端にすうっと空気に晒されてあっという間に冷たくなった。
やだ。もっと。寒いから温めて。忍足だって同じでしょ冷たいでしょ。
もう一度触れようとすれば今度は静止された。顔を背けた忍足は今度は誰もがわかるような戸惑いを見せた。


「忍足、もっと」
「あかん。なんでや、なんで?理由くらい聞かせてや」
「したかったから」
「したかったら、誰とでもするん」
「忍足としたかったから」
「ほうか。せやけど物事にはケジメっちゅもんがあんのや。お前には、そうせなあかん人間が他におるやろ」
「今は忍足」
「あかん」
「忍足」
「だめや」
「おし、」
「何度も言わせんといてや、仕舞いには怒るで」


軽蔑と拒絶。それをたっぷり含んだ目で私を射抜く。
でも私には解っている、それは忍足の本意では無いでしょう。
さっき動いた心は戻らない。だって、忍足だって自分から戻そうとしてないじゃない。
結局忍足は私を求めるんだ。絶対。


「いや」
「……、」
「おこらないで」


泣きそうな顔でゆっくり近づいて両腕を忍足の腰辺りに回してそのまま忍足に身体を預ける。
忍足の胸に右頬をピッタリくっつけて目を伏せる。忍足から伝わる心音が、私の確信を決定付ける。
あぁやっぱり。
このまま泣いてしまうのもいいかもしれない、ううん、涙を流そう。喜びに震える涙を。

それを見たら忍足は、きっとさっき私へと放った強めの口調についての後悔の念に駆られるんだろう。
私が怒られるという行為を嫌うことを知っているから。


「泣かんといて……どうしてえぇか、わからん」
「……ッ、………」


それは本当に嫌いだけれど、
今は別にそんなことで泣いているんじゃないのにね。
私がどうして泣いているのかを知ったら忍足は、私のことをどう思うんだろう。
(今度こそ本当の本当に軽蔑と拒絶。それとももしかしたら。)


「堪忍してや、何したら泣き止んでくれるん」


じゃあもう一度、キスして。
その後は何をしても構わないから。












作成2010.02.13きりん