(※雰囲気でどうぞ笑)





薄くしか開いてはいないけれど、彼の瞳を見たのはそれがはじめてだった。


「なぜだ?」


色味が薄いその瞳は驚きのひとつも見せることなく、行動の意図を問うた。
計算などは関係無く、ただ純粋に自分が解らないから知りたいのだという。
それはいわば彼お得意であるデータ収集の一環。
裏付けるように、穏やかに響いた声からも動揺の類を微塵も感じさせない。


「何が?」
「今の。お前が採った行動の意、だ」


そう言うと、彼はその瞳でじっと私の瞳を見つめてくる。
それは顔色や表情の変化を見逃さないように、心の奥にあるだろう真意のみを探るため。

私はというと、何も語らず。只管じっと彼の瞳を見つめ返すのみ。
あくまでも“つもり”だけど、ポーカーフェイスを貫いて。
自分の考えなんて知れたって構わないけれど、簡単に解ったら詰まらないでしょう。

しばらくして彼がふ、と息を抜く。併せていつもより少々気の抜けたような顔を見せた。
私がポーカーフェイスを貫いているつもりということまでは読み取ったらしいけど、
その奥で何を考えているかまでは見抜けなかった様子で、お手上げとばかりに両手を挙げて手のひらを向ける。


「難しい?」
「あぁ、降参だ。お前の考えを知りたい」


見抜けなかったというより、彼の考えられるいくつもの可能性の中に答えとなる選択肢が無かった、というように見受けられる。
それはきっと、彼だけが彼だけの思考のみで考え抜いたとしても到底思い当たらないような答えだろうから仕方が無いのだけど。

でも決して難しくは無いの。むしろ貴方は何でも難しく考えすぎなのよ。
私は貴方が思っているほど何かを深く考えているわけでは無いの、それはもっともっとシンプルな感情。
理解し難いけれど、人ってもっとシンプルなものじゃない。


「……雨上がりの空の、抜けるような水色とか」
「露に濡れた紫陽花の色が鮮やかなのとか、太陽が反射してキラキラ光る水溜りとか」
「そういうものを、来る途中に見たの」
「それと柳が同じだと感じたからよ」


ぽつりぽつり吐き出した言葉を、黙ってひとつひとつ噛み砕いていった彼だったけれど
最後の言葉に至ると解せないという表情を浮かべた。


「ん、なんていうか。今私が言った、空や紫陽花や水溜りを見たら自分ならどう思う?」
「そうだな……月並みだが、美しいと思うだろうな」
「そういうことなの」
「……美しい、俺がか?」


ますます解らないとばかりに眉根を寄せ、皺を深くした彼の眉間を人差し指で触れる。
壊さないように優しく、柔らかく。
案外逞しい身体付きな彼はちょっとしたことじゃ壊れたりしないだろうけど、彼のかもし出す雰囲気が私をそうさせる。
指を離すとそこは自然な状態に戻っていた。


「お前がそう感じたことについては理解に努めよう。だが、先ほどの行動とはどういった関係があるんだ?」
「綺麗だと思ったら、それに近づいてみたいと思わない?」
「その気持ちは解らないでも無い。が、……お前の行動は早急過ぎはしないか」
「えー、だって。いちいち順序立てるのが面倒だったんだもん」


一瞬だけ、面食らったような驚いた表情を見せてから、
「回りくどい言い回しはやめろ」と、最初はくくくと軽く、次第にくつくつと本格的に喉を鳴らして笑い始めた。
何がそんなに彼のツボに入ったのか私には解らないけど、とりあえずニィと口元だけお愛想しておいた。


「要するに、お前は俺に好意を持っているのだろう?」
「はぁ?何その自信満々発言。そりゃあ悪い印象は持っていないけれど」
「そうでなければ、先ほどの行動に結びつかない」
「海外じゃこんなの挨拶代わりだし、もっと気軽に捉えてくれても」
「一般的な日本人は重んじるものだ。……お前は自分の気持ちまでも順序を飛ばすのか」


そこは面倒がるところでは無いだろうと、今度は呆れた顔を私へ向ける。
気持ちを飛ばすとか言われても、彼に話したことは私の全てだし、それ以上に隠し持っているものなんてない。
わからないし、もう考えるのも面倒くさい。


「じゃあどうすればよかったの、教えて」
「本当に解っていないのか……ならば。次からはせめて事前に相手の了承を得るんだな」
「ふうん。じゃあ、もう一度近づいていい?」


もう一度彼の頬にそっと手を沿えて、今度は自らその瞳に映りに行く。
そのまま彼の是非を待つ私を瞳に捕らえ、しばし沈黙した彼は再び口を開いた。


「駄目だ」
「そう、残念」

「いや。今度は俺からお前に近づきたいのだが、……構わないか?」


その瞳は揺るがず、真っ直ぐで。


「良いよ」


映るものは綺麗で。





触れたら蕩けそうなくらいに甘美だったから。
近づくだけじゃ物足りなくて、





― しいとむ ―










単に綺麗なものが好きで触れたいってだけのはなしだったのに



作成2010.06.16きりん