(※柳さんは3年から生徒会役員ということに(なんとなく2年からいそうな生え抜きっぽいけど)
(※生徒総会40.5では5月のみの行事ですが、そこは捏造^^)





季節が変わり。
去年もワンシーズン着ていたはずのこの半袖のシャツ、そろそろ1週間経とうとしているのにまだ違和を感じる。
解放感よりも、覆うものが無いことに心許なく感じるほうが比重が大きいのかも。もう少し暑くなればまた別なんだろうけれど。
あぁ、でも今からはカラッとした暑さよりもジメッとした暑さのが先か……もう本当ヤダ、勘弁して欲しい。
6月は祝日も無いし、それが余計梅雨に感じる独特のダルさに拍車を掛けているような気がする。

そうなると、6月を乗り切るための楽しみはひとつ。
いつも涼しげで凛とした空気をまとう、柳先輩との爽やかなひとときを過ごすこと。

……なんて、単なる生徒総会のための打ち合わせをするだけなんだけど。
月1回、月はじめ第一月曜日に各種委員会や部活動の定期報告のために生徒総会があり、
そこで議題を提示するなどの進行は生徒会が主体となるので
総会前週の金曜日にはこうして生徒会室に役員が集まり、当日の流れを会議・打ち合わせるのだ。

3年の生徒会会長に、2年の副会長が付く。
同じように会計や書記の役職にも3年と補佐として2年が1名ずつ選出されている。
私が書記になったのは“内申上がればイイかも”なんて軽い気持ちからだったけれど、柳先輩と一緒なのはラッキーだった。



余談だけれど、2年の選出時に書記立候補が私だけだったのに対して会計に立候補したのが5人もいたことに驚いた。
柳先輩が役員に推薦されるらしいという話がどこからか出て、会計だろうと当たりを付けてのことだったみたいだけれど。
蓋を開けてみれば当の本人は書記。肩透かしを食らったであろう2年の会計に選ばれた子からの風当たりが少々強いことが今の軽い悩み。

そういえば役員になってすぐの打ち合わせの合間、それについて柳先輩に聞いてみたことがある。


「どうして会計では無く、書記を選ばれたんですか?確かテニス部では会計ですよね」
「テニス部で会計の役職だからこそ、だ。予算等で贔屓が無いようにな」
「あ、なるほど。納得です。でも、柳先輩がそんな不正するわけ無いってみんな解ってるのに」
「フッ、まぁそう考える者ばかりでは無いからな」
「むう……少なくとも私は、柳先輩はそんな人じゃ無いと思ってますから」
「……ありがとう、お前は優しいな」


そのときはこう、サラリと。納得の理由と素敵な微笑みを返されてしまって終了。
そして、聞こえていたのか聞いていたのか。
この会話の後から余計に2年の会計担当の子から受ける扱いに厳しさが増したような気が、しないでもない。



おっと、少し脱線した話を元に戻そう。とにかく、今日は月が変わってすぐの金曜日。
帰り際だったクラスの友人へ手を振ってから、私は筆記用具を持って教室を出ようとしたときに、ふと思い立ち。
扉のところで引き返して自分の席へ戻り、カバンの中から最近お気に入りでよく持ち歩いている飴玉を3つ取り出して。
そのうちひとつを口に放り込んで残りはポケットに入れてから、改めて生徒会室へ向かった。


「あれ、柳先輩お早いですね」
「ん?あぁ、か。こんにちは」
「あっ、こんにちは」


口をモゴモゴさせながら一番乗りだろう生徒会室の扉を開けば、既に柳先輩が席に着いて何かのノートをまとめているところで。
役員の仕事かと勘違いし慌てて手伝いを申し出れば、テニス部のデータをまとめているだけだから構わない、と。
柳先輩はいつかの素敵な微笑みを見せてくれた。

しかし仕事に関することで無いとはいえ、先輩が作業をしている傍で後輩が何もせずドーンと座っているのは個人的にいただけない。
柳先輩の気が散らないよう気をつけながら黒板を綺麗にしたり、本棚の本を取り出しやすいよう並べなおしたりしてウロウロしていたら
ふと柳先輩から声が掛かる。



「すいません、お邪魔でしたか?」
「いや、そうでは無い。むしろお前の行動は感心するところだ」
「わ、ありがとうございます」
「何か口にしているか?時折、微かだが甘い香りを感じる」
「え?あぁ、これです。よかったらどうぞ」
「ほう、まるでビー玉のようだな。いただこう」


私はポケットの中の飴玉をひとつ摘み出し、柳先輩に差し出した。
こちらに伸ばされた柳先輩の、あまり肉厚でない手のひらにはマメが出来ていて、テニスの練習がハードだということを伺わせる。
節は男の人らしくくっきりしていたけれど、指はスラリと長くて。全体的に繊細な印象で、なんとなく柳先輩の手って感じ。

飴玉をそんな柔らかな印象を与える手のひらに乗せたとき、
それとはまるで結びつかないような、手首に巻かれた黒い色の。何やらゴツッとした武骨なリストバンドが目に入る。
いつからそれをしていたかは知らないけれど、先月の打ち合わせ時にはまだ長袖だったから気が付かなかった。

そういえば、半袖の柳先輩をきちんと間近で見たのは初めてかもしれない。
学年も違うし、生徒会の役員になるまで喋ったことも顔を合わせたことも無かったし。
去年の夏もテニス部の壮行会や全国制覇報告会なんかで何度か講堂のステージ上に立った柳先輩を目にしていたはずだけど、
何しろ立海はマンモス校、自分のクラスの列が後ろ過ぎてレギュラーの誰がどこに立っているかの判別すら出来ないくらいだった。


「そのリストバンド、何かゴツゴツしてますね」
「これか?鉛の板が入っているからな、通常のものより厚みがある」
「え、鉛の板!?はー、やっぱりテニス部は普段から鍛えてるんですね」
「当然だ。ちなみにリストバンドでは無く、パワーリストという」


柳先輩は飴玉が入った握りこぶしを掲げて、“パワーリスト”をよく見えるようにしてくれた。
しかし私はパワーリストよりも、動いたことで思いがけず視界に入った
半袖から指同様スラリと長く伸びた腕、特に二の腕部分に目を奪われてしまう。

先日まで覆われていたそこは殆ど日焼けをしていなくて、その素肌の白さときめ細やかさに思わずドキリと胸が跳ねる。
今まで隠されていた柳先輩の奥を思いがけずチラリと覗いてしまったような。
……何か、イケナイモノを見てしまったような気まずさを感じ、思わずどぎまぎした。

そんなイケナイ感情が目覚めた私には気づいていないのか、果ては気づいているのにどうでもいいのか。
柳先輩は握りこぶしの中の飴玉の封を開け、そっと指で摘んで口へ入れた。
ごく自然な流れのはずなのに、口から離す前に舌先でペロリと指先を舐めた仕草、
それを色気以外の何も感じられない私はどうかしてしまったんだろうか。

一度でも意識してしまえば何気ない行動すらもそう捉えてしまうどうしようもない頭を抱え込み、
いっそ手でも出してしまおうかなどという、無謀でぶっ飛んだ思想に更に悩まされそうになったそのとき


「あーっ、柳先輩ここにいた!もー、3年の教室にいないんですもん探しましたよ!」


生徒会室の扉が勢い良く開かれて、目を輝かせた2年の会計担当の子が飛び込んできてそのまま柳先輩に駆け寄った。
すぐ傍に立っていた私を見事なお尻でぐいっと押しのけて。うう、そこまで露骨だとなんだか悲しくなってくるよ……!

彼女はきゃあきゃあ騒ぎながら「お誕生日おめでとうございます〜これ、プレゼントですっ」と、
綺麗に包装をされた箱を柳先輩に差し出した。
その勢いを受けたせいなのか、柳先輩はなんとなく困惑したような顔でお礼をひとつ言ってそれを受け取る。
柳先輩が一言断りをいれてから包装されたそれを開ければ、中に入っていたのは真っ白いリストバンド。


「柳先輩は白がお好きでしたよねっ」


有名メーカーのそれは、運動部ならば誰もが欲しがる人気商品で。
普通プレゼントされた人ならみんな喜んで受け取るだろうシロモノ。
好みまで完璧にリサーチをしてきた彼女も当然受け取ってもらえると自信満々だったのだが、柳先輩は意外な行動に。


「確かに白は俺の好きな色だが、これは受け取れない」


人間の笑顔が一瞬にして固まり、更に場が凍ったのを直に目の当たりにしたのは初めてかもしれない。
その場に居合わせてそれを体験した私は一体どうすればいいのやら。
(さっきまでの邪な思いなんて、一瞬にして吹き飛んだ)


「テニス部レギュラーは鍛錬のために、このパワーリストの着用が義務付けられていてな。
それを貰っても、宝の持ち腐れになってしまう。申し訳ないが、それは君が使ってくれ」


確か運動部だったな、と付け足し。淡々と柳先輩がお断りを入れている最中も彼女は固まったまま。
顔を見合わせた両者の間に居た堪れない気持ちで立ったままの私。動けない私。掛けられそうな気の利いた言葉が思いつかない私。


―――誰か助けて、本気で


そんな私の祈りが通じたのか、すぐに会長はじめ他の生徒会役員が生徒会室にやってきて会議が始まったのは幸いだった。
長いため息をひとつだけ吐いてから。
私はあくまで何事も無かったかのように席に着席し、会長の話に耳を傾けメモを取る。

チラリと隣に座っている柳先輩を盗み見れば、いつもと変わらない涼しげな顔で前を向いていて。
とてもじゃないけれど、さっきまで攻防を繰り広げていた人には見えない。何だか関係無いのに慌てた自分が馬鹿みたいだ。
(確かに当初の目的通り涼しいひとときを過ごすことは出来たけれど、誰も肝が冷えるほどは頼んでない……っ)

そのうちに会議が終わり、役職ごとに分かれ分担の仕事をこなしていく。
柳先輩とメモを元に議事録を作成している間も、私の方は勝手に気まずく感じてしまって中々手が進まない。
打ち合わせ中の時々の沈黙すらも苦になってしまい、
何かネタは無いかと考えを巡らせ口をついて出てきたのはさっきまで苦しめられたこの話題で。


「や、柳先輩は今日がお誕生日だったんですね。おめでとうございます」
「フッ、唐突だな。ありがとう」
「いやあ、知ってたら私も何か用意したんですけど」
「あまり人から物を貰うのは得意では無くてな……実は今日、早めに生徒会室に来たのも……その」
「……あぁ」


普段はハキハキと説得力のある発言をしていく柳先輩が。
珍しく言い辛そうに、こそり、と。
なるほど、教室にいたら格好の獲物同然ですもんね。
人気があるっていうのも考え物。改めてテニス部の、柳先輩の凄さを感じたような気がする。


「それに、お前からはもう貰ったからな」
「え?何か渡しましたっけ」


柳先輩が黙ってスラリと長い指でさしたのは、その口元。
美味かったぞ、とお褒め頂いたので誕生日だしとポケットの中の最後のひとつも差し出せば、
薄くだけど瞼が開かれた、艶を含んだ顔で微笑まれ。仕舞いには隣同士ゆえ耳元で「ありがとう」とボソリと呟かれ。

これからの季節ガンガン上がっていく温度や湿度のことを考えてウンザリしていたのに。

こめかみから熱を持った頬にかけて汗がひとすじ流れていく。
すれば私がハンカチを取り出して拭くより先に、柳先輩はポケットから懐紙を取り出しあろう事かそれを拭って下さった。
そのまま身を任せていたかったのだけど。刺すような視線がビシバシ飛んでくるのにうっかり気づいてしまい、
もう全ての毛穴から出てきてるんじゃないかってくらい、その懐紙では追いつかない量の汗が次から次へとダラダラと。

ただでさえ生徒会室に来ると戦わなきゃいけない相手が他にもいるというのに。


「そんなに暑いのか?凄い汗だぞ」
「お気になさらず……」
「ふむ。ならば帰りに冷たいものでも食べに行かないか」
「えっ」
「葛饅頭の美味い店があってな。毎年この時季になるとメニューに加わるんだが、絶品だぞ」


久しぶりに食べたくてな、誕生日の我侭だと思って付き合ってくれ。
そんなことを微笑まれながら言われて断われるわけないじゃないですか。
ブンブン顔を縦に振って肯定の意思を示せば、「よし」と、あの柔らかな手で私の頭を優しくポンポンと……っ。

仏のような顔をした人に与えられた煩悩とまさかの再戦勃発。

お願いですからこれ以上暑苦しい悩みを増やさないでください。
……まぁ、今日くらいはいいですけどね。誕生日ですし、黙ってお供しますよ。










仏の顔も三度までとか言うけど、四度目の仏の微笑みを見たら恋におちるとか?
とりあえず、残りの飴玉を貢ぐ用意してきます




作成2010.06.04きりん