「柳さん。お買い物付き合ってくれません?都内まで出るんですけど。」
「いいだろう。……ああ、そうだ。俺も本屋に行きたいのだが、構わないか?都内に本店があるんだ。」
「勿論です。行きましょー」


という訳で、私と柳さんのふたりでお出かけすることになりました。

電車を乗り継いで、都内へ。
少々方向音痴気味な私は、乗り換えのときにうっかり逆方向の電車に乗りそうになってしまい。
呆れ顔な柳さんに首根っこ掴まれ正しい道へと導いて頂きました。(大仰)

そうこうして到着したのは若者の聖地(?)、原宿。
(某アイドルグループ主演な映画では“詣で”した所なんだよー!)
優しい優しい柳さんが「先にお前の買い物を済ませてしまうと良いだろう」と仰ったので
お言葉に甘えて私の目的地に先に来させてもらったのだ。

駅を出て横断歩道を渡ると、お店がずらりと並ぶメインストリート。
まずは歩いてすぐのところにあるアクセサリー屋さんに入る。
ここは安くて好みのデザインのモノが多いので、私のお気に入り。ポイントカードも持ってるくらいだし。

私と一緒に堂々と店内へ入る柳さん。
柳さんはお姉さんがいるせいか、こういう女の子向けなお店に入るのにさして抵抗は無いという。
(それを知ってるから、付いてきてくださいって割と軽めにお願い出来たんだけど。
これが真田さんだったりしたらとても頼めない、っていうかむしろ、一緒に買い物するっていう状況が見えない)

ふたつのアクセサリーを手に取って悩んでいると、すっと手を延ばして片方を手に取り、
「ふむ。お前には、こっちの方が似合うぞ」とアドバイスまでくれちゃう。そのアドバイスがまた的確で。
それに納得して選んでくれた方の購入を決めたのは何度目だろう。そしてそれが私のヘビロテになったのは何度目(略)

次は洋服屋さんへ。柳さんも勿論一緒。
今度は同じデザインの違う色で悩んでいると、またすっと手を延ばして片方を手に取り、
「顔映りの良い、白を選ぶべきだろう」とまたも理に適った的確アドバイス。またも納得。
いや、納得は出来るんだけど。……時々柳さんて本当に中学生男子なのか真剣に悩む。
(だって、顔映りなんて男の子は普通言わないと思うし……!)

そんなこんなで満足した買い物が出来たルンルンな私と、さりげなく荷物を持ってくれているフェミニストな柳さんが、
今度は柳さん目的の本屋さん(本店)に行くためにふたり並んで駅に向かって歩いていると、女性に後ろから声を掛けられた。


「ねぇ、君たち。時間ある?写真撮らせてもらっても良いかな?」


振り返ると20代半ばくらいの首にカメラを下げた女性と、その傍らにもうひとり女性が立っていて。
傍らの女性が名刺と一冊の雑誌を広げて差し出し「この雑誌のコーナーに載せたいんだけど、駄目かな?」と。
それは割と有名なティーン誌で。発売日に学校に行くと、クラスの女子の誰かが持ってきていて皆で回し読みしてる感じ。
指されたコーナーは「一度くらい載ってみたいよねー!まぁ、男いないけど!」と友達が羨ましがっていた人気コーナー。

『街で見つけたオシャレ☆カッポー!』

そのネーミングはどうよって常々思いつつ(せめてオシャレ☆カップルとか……カッポーって何。割烹?小料理屋かよ)、
載れたらちょっとした自慢だよなーとか密かに私も思っていたコーナー。
声掛けてもらえて非常にチャンスなんだけど。柳さんが一緒なら異論は全然無いんだけど。
(これが真田さんと一緒だったりしたら……いや、やっぱりそんな状況見えない。ありえない。
ていうか、なんで私はさっきから真田さんを引き合いに出してるんだろう。……好きだから?違う。あの人のキャラが濃いからだよ)
つーか私たちってカップルじゃないんだよね。凄く仲の良い先輩・後輩なカテゴリーだもん、お互いに。

私がどうしようか悩んで黙ったまま首を傾げると、それを私が嫌がっている態度と取ったらしい。
こうなれば、男側を口説き落とす!といったような決意を固めた顔のカメラの女性の目線は柳さんへと向いた。
ふたりの目線がバッチリ合うと、女性は「あ」という顔に。


「立海大附属の、柳くん!?テニス部三強の!」
「そうだが?……ふむ、どこかで見た顔だな」
「私よ!月刊プロテニスのカメラマン芝!」
「あぁ、どうも。貴女が何故ここに?転職されたんですか?」
「どうしてそうなるのよ!ただの手伝いよ。今日取材に出るカメラマンが急病だっていうから、代理なの」
「そうですか」
「それにしても、柳くんにこんな綺麗な彼女がいたなんて!スミに置けないわねー」
「はぁ、まぁ。」


柳さんとカメラの女性は顔見知りだったらしい、ふたりは何か楽しそうに会話をはじめた。
(というより、一方的にカメラの女性が喋ってるのを柳さんが困惑顔で適当に相槌打ってるだけっていうか)
そういえば月刊プロテニスって一度だけ読んだことある。
同じクラスの赤也が「ウチのテニス部の特集やってんだぜ!」って学校に持って来て(半ば無理矢理)見せてくれて。
それをながめながら「なんでプロテニスって銘打ってるのに、学生テニスの特集があるの?」って疑問に思ったっけ。


「それでね、柳くんスタイル良いし、彼女も華やかで映えるタイプだし。
ふたり並ぶとバランス良くてカッコ良いから絶対イケる!だから、ね。お願い、写真撮らせて!」
「……どうする?」
「……どうしましょ?」


一方的に捲くし立てられながら賛辞をつらつらと並べられ、
それがお世辞だかなんだか解らないけど良い気分になってきたのは確かで。
柳さんと私がお互いに顔を見合わせちょっぴりムズムズしてきたところで、
もうひとりの女性がニッコリ笑いながら、学生さんにはとーっても嬉しいヒトコトを。


「もし。写真撮らせてくれたら、謝礼としてそれぞれに図書券二千円分ずつプレゼントするわ」


図書券二千円分と聞いたとき、柳さんが一瞬開眼して更にその目がキラリと光ったのを私は見た。間違いなく見た。

柳さんは読書家だ。年間の平均読書量は約600冊だという。
そして立海に入学して以来、学校図書館の年間貸出数記録を大幅に塗り替えた人だ。
読書をしている姿を見たことがあるが、尋常じゃ無いくらいの速読でページを捲る速さがハンパじゃ無かった。

そんな柳さんだから大抵の既存本は読みつくしてしまっていて。
目新しいモノを読むには新発売されるモノを読むしか無いのだけど、学生がそう易々と何冊も買えるわけが無く。
しかも柳さんが好んで読むのは純文学とか小難しいもので中にはハードカバーなんかもあって、ぶっちゃけ高い。
あぁ。そういえば前から欲しい本(しかも上・下の二冊)があるけど、買うとお小遣いが吹っ飛ぶから我慢してるとか言ってましたね。
図書券二千円分か。うん、とーっても魅力的よね、柳さん。(これから本屋さん(本店)に行くから丁度良いだろうし)


「……良いか?
「まぁ。柳さんがそう仰るのなら」
「そうか。では、引き受けましょう」
「やった!助かるわー。柳くんと彼女ちゃん、ありがとう!」


カメラの女性は大はしゃぎ、もうひとりの女性は
「さっきから、これだ!って思うカップルがいなくて困ってたのよ。本当に助かったわ」と安堵の表情を浮かべていた。
実は私、写真撮られるのってあんまり好きじゃ無いんだけど。(なんか魂抜かれそうで怖い、とか言ってみる。)
まぁ良いこと(?)するっぽいし、柳さんのためにもお仕事中の頑張ってる女性のためにも、ここは我慢することにしよう。

街中の自然な雰囲気の中で、ということで場所は移動せずこのまま。
まずはただ突っ立ったままの写真を一枚、ぱちり。
そしたら「なんか硬いわねぇ。もっと笑って、くっついて!」と慣れない素人には結構キツイ注文を出されて。
仕方無いのでヤケクソ半分、言われた通りニカッと笑って柳さんにベッタリくっついて腕に絡みついてみる。
すると意外にノッてきた柳さんも身体をこっちに傾けてきて。頭と頭がピッタリ引っ付いた。

……うわぁ、柳さんのサラサラした髪の毛の感触が伝わってくるし!
ヤッバ、なんでこの人こんなに髪の毛綺麗な訳?マジで羨ましー。

とかなんとか思ってるうちに十数枚撮られて写真撮影は終了。
カメラの女性がデジカメのデータを確認してる間に、もうひとりの女性に名前と学校名諸々を伝え、名刺を頂き。


「本当にありがとう。これ、謝礼ね」
「どうも」
「ありがとうございますー」


それから、柳さん待望の図書券二千円分(封筒入り)を。
自分の分を受け取って、ふと先に受け取った柳さんの方を見ると……えっ!すっ、すっげー笑顔だし!
そんな満面の超良い笑顔、今まで見たことあったっけ!?赤也とかが見たら、ビックリするんじゃ無いのこれは。

私が呆然としていると、柳さんはいそいそと胸に抱いていた図書券二千円分を大事そうにカバンに仕舞いこみ。
私の方に向き直り「それでは行こうか」と言った柳さんは、既にいつもの顔に戻っていた。
あー、さっきの笑顔、写メとか撮っとけば良かったかも……
なんて後悔しつつ、私もふたりに会釈だけしてから柳さんの後に続いた。










「柳さん」
「どうした?」
「良かったら、私の分の図書券も使ってください」


電車に揺られながら、隣に座っている柳さんに。
私が手に持ったままだった図書券の封筒を差し出すと。


「……なんだと?」


わーお。本日二度目の開眼見ちゃった。
何か良いことあるかなーなんちゃって。

とても驚いた様子の柳さんが動揺しつつ「それはお前が貰ったものだから、お前が使うべきだ」と言ってくれるけど、
私は封筒を引っ込めず。


「今日買い物に付き合ってくれたお礼です。荷物まで持って貰っちゃってるし」
「しかし、付き合わせてしまっているのは俺も同じだが」
「私、今欲しい本無いですし。」
「図書券に、有効期限は無いぞ?」
「だーもう!なんでも良いから、貰って下さいってば。必要な人に使われた方が図書券も喜びますって」
「ふっ!なんだその理屈は。……まぁ、そこまで言うのなら。頂いておこう」
「そうしてください。はい、どーぞ」
「……ありがとう」


さっきみたいな満面の笑み!って訳じゃ無かったけど、本当に嬉しそうな。
照れたような、はにかんだ笑顔を浮かべる柳さんに。やっべマジでキュンと来るんだけど。
図書券あげて良かった!

目的の本屋さんに到着すると、柳さんは速攻でお目当てのコーナーへ。
わき目も振らず、欲しいと言っていた上・下二冊を手に取りレジにダッシュしてました。
(ちなみに二冊で四千六百円。図書券プラス千円札一枚でお会計してました。ホントに図書券役に立ったっぽい)
あんなに必死な柳さんは、テニスの試合でも滅多に見れないよホントに。よっぽど欲しかったんだ。

ちょっと休憩、って入ったカフェでも柳さんはそわそわしっぱなしで。
さっきからチラチラと本屋さんの紙袋に入った分厚い本を見つめては、小さくため息。
あー、早く読みたいんだろうな。
そんな心情が伝わってきたから「今日はもう疲れたし、早めに帰りましょうか」って気を利かせて言ったら、
「そうだな」って速攻立ち上がりやがった!ちょ、微妙に傷つくんですけど柳さん!本以下ですか私!



まぁ、……レアなものが沢山見れたから帰りがけに起こったことは目を瞑るとしよう。
今日は柳さんとお出かけして本当に良かった(面白かった)。また誘おっと。絶対。












作成2009.09.03きりん