(※近親ネタなので、苦手な方は回避してください)





「比呂士さんって嘘っぽーい」


口角を上げ、無邪気にくすくすと笑いながら。
彼女は先ほど頂いたばかりの桃の皮を、果物包丁でゆっくりと剥いてゆく。
徐々にむき出しになっていく実は表面がでこぼことしていて。
大きめの白い皿の上に各々散らばる短く千切れた皮とも併せ、そのコントラストはお世辞にも綺麗とは言えないもので―――


「私の、何が貴女にそう思わせる要因なのでしょう」


寄せる眉根。真っ直ぐなその瞳には、桃のみを映して。
よく研がれた刃を桃に当て、そろりそろりと利き手に握った柄を動かしてゆく。
皮を剥くときは、包丁よりも桃の方を動かした方が上手くいきますよ。
あまりにも危なげな手付きでしたので進言をしてみるも、彼女は、ふうん。と、興味のなさそうな相槌を打つだけ。

頑なでアドバイスや注意を素直に受け入れる貴女で無いことは良く知っています。誰より、私からのものは。
貴女は昔からそうですから。
まぁ知った上での進言でしたので、今更気に障るようなことはありませんけれど。

そしてまた危なげな手付きで柄を動かし、ゆっくり、ゆっくりと時間を掛けて皮を剥いてゆく。
このままでは、いつ口に入るのか解りません。
小さな息をひとつ吐き出し、少しでも時間を短縮できればと手を付けていない桃に手を伸ばそうとすれば、
私がやるの。と、やはりというか、頑固な彼女からの制止する声が響く。そんな彼女の態度に対し気づかぬうちに、もうひとつ。

ここは、気の済むまで好きなようにさせましょう。
私は手を引っ込め腕を組み、いつ怪我をするともしれぬ不器用な手付きを黙って見守ることに。


「あぁー、」


しばらく経ち、八割方剥けたところで上がる声に何事かと目を向ければ、
落とさないようにという注意と、慣れていないせいの緊張もあってか、
強い力で握っていたらしい実から搾られた果汁が手から溢れ、つう、と腕を伝い肘からぽたりぽたりと机に垂れていて。


「これをお使いなさい」
「いーえ結構。んっ」


自室に常備してあるウェットティッシュのボトルから一枚抜き取り差し出すも、
まだ意地を張ったままの彼女は当然のごとく受け取らず。
しかしそのままでいればベタベタと不快感に襲われるのは必然、どうするのかと思えば
あろうことか、彼女はベロリ、と。自らの舌でそれを拭ったのです。


「はしたない……、」


果汁に濡れた手に持つ桃はもうぐしゃぐしゃで、落ちた皮は先ほど以上に散らかり放題。
まるで子供が泥遊びでもした後かのような、女性が仕出かしたとはとても思えない汚しようで。
その中心にいる彼女も、とても淑女とは言いがたい下品な行動を取る始末。

相変わらず綺麗とは言いがたい光景、私の眉間のしわも恐らく深くなっていることでしょう。
……なのにそんな私の目には


「早く!早く、……これでお拭きなさい」


それが、そんな彼女が限りなく美しいもののように映ってしまっていて。


「それ」
「何がです!いいから早く、」


「比呂士さんの嘘っぽいところ」


くすくすと笑っていた無邪気な口元は魅惑的な弧を描き
桃のみを真っ直ぐに映していた瞳には、今は私だけを捉えて


「そうやって、あくまで人に優しくあろうとするところ。……自分の思いなんてすっかり隠してしまって、ねぇ?」


その奥に携えるは、情熱的な炎


「……それは心外ですね、さん」
「そうですか?存外間違っているとも思えませんけれど」


攻撃的に赤く燃ゆるそれは私を激しく包み込み、


「他人から自分を“穢い”と思われることが、何より嫌いなんですよね。比呂士さんは」
「だから人に優しくするんですよね、内側を見られないために」
「でも、綺麗なだけじゃない。人って誰しもそういう部分を持っているものですよ」
「認めたくないのは解ります、……私も同じだもの。………それでも」


次第に私を覆っていた氷を融かし、暴いてゆく


「それでも私には、見せて?」


そして私自身をも熱くする。


「誰よりも比呂士さんに一番近い、私にだけは」


べしゃりと桃が潰れ落ちた音はどこか遠く聞こえ、
頬に触れられたベタリとした感覚は気持ちが悪く、
挑発的な瞳に射抜かれた心は緊張感に満ちていて、


「比呂士さん」


非常に悪い居心地の中。
耳元で囁かれた甘い声は、柔く響き私をいざなう。


「貴女はどうして―――


( 私のことを、お兄さん、と。呼ばなくなったのですか )。」





あぁ。その細い手首を掴んでしまった私は、もう元に戻れはしないことでしょう。










どうやら、ひろしを言葉攻めしてプッツンさせるのが好きなようです



作成2010.08.10きりん