(※女の子がかなり変な子で、なんか……とてもイタイので注意です。精神的エムっぽい)





「……やめたまえ」
「んん……、いいですねぇ。抵抗されると逆に燃えちゃいます。むしろ、止めたくなくなっちゃうっていうか」


椅子に腰掛ける柳生さんの上に跨って、彼の両肩に置いていた両手は首へとまわした。
じっと熱っぽく見つめてみても、彼の顔は不愉快そうに歪められたまま、肌の色すら変わらない。
眼鏡のせいで目を見ることは叶わないから、本当に心からそう思っているのかは解らないけれど。


「天の邪鬼ですね、貴女は」


その表情に併せて、この声のトーンとため息。
少なくとも相対する人間には“自分が不機嫌であるということ”を伝えることが出来ているから、
柳生さんの狙いは成功しているんだろうけれど、何せその相手は私。

彼が不機嫌になればなるほどに、彼が私を邪険に扱えばそうするだけ、
ますます気分が高揚していくような人間だもの、効果なんて無い。

私は常に、柳生さんに冷たくあしらわれ、そして蔑まされることを望んでいるのだ。

あくまでジェントルマンを貫く彼がそうしてくれることは普通無い。
誰にでも平等に優しく温かく接し、時には厳しいときもあるけれど私が思うそれとは違う。
だから私は、私の頭の中の彼に“そう”してもらっていたのだけれど、もうそれでは足りなくなってきた。
想像だけでなく、現実の、生身の彼にそうされたい。

そう、だから。もう我慢できなくなったから。
ちょっとだけ勇気を出して手を伸ばして、柳生さんに触れたの。

手紙使って呼び出して、涙だって利用して流してみせて。やっと。
相談があるんじゃなかったのかって?えぇ、間違ってませんよ。
だって、この悩みは柳生さんにしか解決出来ませんから。

普段可愛がっていた後輩がこんなことを考えていたなんて、貴方は知らなかったでしょう?
でも私はただ貴方が好きで、純粋に貴方に冷たくされたいだけなんです。
私は貴方が思うような清らかな女子とは程遠いでしょうけど、この想いは一点の曇りも無い清純なものなんです。

もっと冷たくあしらってくれることを期待して、私はますます柳生さんに擦り寄る。
彼の胸板に自分の胸を押し付けて、首元に顔を埋めて。
すれば、少し伸びた彼の襟足が顔にぶつかってくすぐったい。
思わず鼻から息を漏らしてしまうと、柳生さんはピクリと肩を揺らした。


「柳生さん、怒らないんですか」
「……まずは私を離しなさい、話はそれからです」
「嫌でしたら。私のこと、突き飛ばして逃げればいいのに」
「いい加減にしたまえ」
「ジェントルマンですもんね、女相手に手荒な真似できませんよねぇ」


耳元へ、これでもかという程に挑発的な言葉を投げかければ、
ぐっ、と言葉を詰まらせ、彼は彼の眉間に刻まれた皺をますます深くした。


ねぇ柳生さん、いつまでその我慢を続けるんですか?
これ。ジェントルマンだからとか言ってる場合じゃ無いじゃないですか。
嫌なことは嫌って言わないと。ほら、早く。キレちゃえばいいじゃないですか。
このままだと私、何し始めるか解りませんよ?そんなの嫌でしょう?ねぇってば。
まだなの?もう待てないんですよ、早く私を満足させてくれませんか。
煽り足りない?もっと?もっとですか?


「苛々してますよね?キレちゃえばラクになれますよ」
「すごいですね、こんな状況でもまだ黙ってるなんて」
「ね。そろそろ限界きません?」
「ジェントルマンの仮面、いつまで持つかなぁ」


真一文字に結ばれた唇はわなわなと震え、奥歯がギリギリと鳴っているのが私の耳に届く。
その音を聞いただけで、私の胸は高鳴ってもう仕方が無い。
歯が鳴る音だけでこんなになってしまうのだから、彼が私を本気で罵ったとき私はどうなってしまうのだろう。

それを、ふと想像してしまった私の頬は上気し、
呼吸ははぁはぁと荒くなり息が上手く吸えなくなった。

もう。まだダメなんですか?
私、人を苛々させるようなボキャブラリーって貧困なんでこれ以上は出ませんよ?
早く早く、早く口汚く私を罵ってください。


「その仮面、外せないのなら……私が外して差し上げますよ」


そうですよね、しょうがないですよね。
柳生さん、貴方が悪いんですよ?早く私を満足させてくれないから。

言葉はもう思いつかないから、行動するしかない。
私は首元に埋めていた顔を起こして首にまわしていた両手は両肩に戻して。
最初にしていたみたいに、少しだけ、じっと見つめてから彼の顔へ自分の顔を寄せた。

それには流石に少し驚いたらしく、彼は反射的に頭だけ後ずさる。
眉間に寄せていた皺は無くなり、結ばれていた唇は少しだけ空いた。
どれにも構わず私はどんどん近づいていく。
自分の口を、彼の空いた口元では無く、その上の目元へ向けて。


カチリ


彼の眼鏡のブリッジを上下の前歯で噛んで。
唇で挟み込んでそのまま素早く抜き取った。

唇で眼鏡を銜えたまま横目で彼を見てみると、顔を斜め下へ向け、目を閉じたまま微動だにしない。
目も閉じられているし唇もまた閉じられてしまった。
私を蔑んだ目で見てもくれないし、罵ってもくれない。

不満が募った私は、顔を軽く振って唇を開放した。
カランカランと何かが当たるような音が聞こえたけれど、そんなのどうでもいい。
なによ。無反応だなんて、一番酷いじゃないですか。
ちょっと叱ってくれるだけでよかったのに。

ふう、と息をひとつだけ吐き出してから、顔を柳生さんの方へ戻すと
彼もいつの間にか顔を上げてこちらに向けていて、閉じていた目をゆっくりと開いていくところだった。


「……覚悟したまえ」


想像していた以上の、
凍るような貴方の目に射抜かれて、棘だらけの声で静かにそう言い放った彼に。
身体中がぞくぞくして堪らない。

彼をここまで怒らせることが出来るのは私だけで、
彼が見せたことの無い一面がこれから見られるのかと思うと、
私はより一層に昂り、それを止めてしまうことは出来なかった。










もうちょっとギャグっぽくしたかったのに、何故こんなことに……。あ、
>私、人を苛々させるようなボキャブラリーって貧困なんでこれ以上は出ませんよ?
ここはちょっとギャグっぽいかしら、どの口が言う




作成2010.03.24きりん