(※江戸時代パラレル 白石=医者 女子=花魁 び、微エロ……と、言い張りまーす!)





「すんません、白石ですけど」
「あぁ、若先生。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
「失礼します」


活気溢れる問屋街を抜けてしばらく行くと、えらい大きな門に当たる。
そこをくぐれば、さっきまでの犇めき合った賑やかな雰囲気とは打って変わった町並みが姿を現す。
そこは自分が普段住んでるとことは全く別の装いで。
非日常な世界に足を踏み入れてしもたような気になって一瞬、ギクリとする。いっつもそうや。

この花街には何度か足を踏み入れとるけど、どないしても慣れんし落ち着かん。

シン、と静まり返ってる昼間の今やったら、夜と比べ印象が幾分和らぐはずやけど。
俺はむしろ夜の雰囲気を無理矢理覆い隠そうとする昼間の方が怖い。
隙あらば。どっからともなく、夜が俺に飛び掛ってきそうな気ィして、そのまんま飲み込まれそうで。
これならまだ欲望むき出しの夜の方がマシや。

花街の大門をくぐり、大通りを真っ直ぐ足早に進む。
この街にはあまり長くいたいと思わへん。早く用件を済ましてまおうと、俺は目的の場所へ足を向けた。

もっとも由緒があり、花街の中でもっともえぇ場所に位取りしとる大店(おおたな)。
『天宝屋』っちゅう新町の中でも毎回番付一、二位を争う相当な大見世や。

家で開業(かれこれ祖父の代から)しとる家族は勿論、
親戚一同医者やっとるような家系で育った俺も幼い頃からそうなるように仕込まれて。
立派とはいえんかもしれへんけど、一応。最近医者と呼べるほどにはなった。
で、今日は天宝屋へ往診に来たっちゅう訳。
(こういう細々とした雑用は、「これも勉強や」言うてぜーんぶ俺に押し付けるんや……ちくしょう、親父め)

顔見知りである見世の男衆に、普通は客しか入れん二階の座敷に通された。
廊下を歩き、着いたんは一番奥の大襖。今まで見たどの部屋よりも一際豪華な造りの襖の向こうには。
誰に聞かんくとも解る、そこにいるはずは松の位の遊女。


「おいらん。お医者様がいらっしゃいました」


返事は無かったが、大概いつもの事なんやろう。
男衆は気にする様子も無く、手馴れた風に板の間に膝着いて、襖を引く。
少々質素そうな綿の布団の上に、浴衣が少し肌蹴横になっとる花魁は仰向けのまんま動く気配が無い。
一定の呼吸音が聞こえとるから寝てるんか思たけど目は開いてる、ただ呆けているだけのようだ。


「どうぞ、中へ」
「え、……えぇんですか?」


男衆に中に入るよう促されたが、部屋主の方がどう考えてるかが解らんかったから躊躇してしもた。
目線で一寸花魁を見、男衆に訴えかければ「へぇ。おいらんは寝起きなだけですから」と返されて。
戸惑いながらも部屋に足を踏み入れると、見届けた男衆は頭を下げ襖を閉じ出て行ってしまう。
え、ちょ。いきなり二人きりにせんといてくれや……!し、仕様が無い、とりあえず挨拶や。


「えーと……医者の、白石です。今日は如何されましたか」
「しらいし……いつもの先生じゃ、ないのね。……白石、なあに?」


布団の傍にしゃがみ込んで声掛けると、花魁は首だけを俺の方へ向けてこっちを見た。
当たり前やけど今は顔に白粉は塗ってへん。肌はくすんで色が悪く、目の下には濃いクマが出来てるんが丸解りや。
それでも、化粧をしてへんくても流石はお職の花魁。
今まで俺が見たことのあるどの女よりも、器量が素晴らしくエェ。(うっかり見惚れてしもたわ)


「何、て仰いますんは」
「お名前」
「蔵ノ介、ですが」
「ふうん……」


興味があるんか無いんか。抑揚の無い声を漏らすと、花魁はゆっくりと布団から起き上がって。
ぱらりと顔前に垂れてきた長めの髪をうっとおしそうに後ろにかきあげる。
そんな何気ない仕草のひとつひとつに色気が含まれてて、遊女と殆ど接したことの無い俺はそれらに一々反応をしてしまう。

流石に仕事に支障をきたす訳にはいかんし、これ以上平常心を乱されるのを防ぐため。
花魁の方は見ず往診用の道具が詰まった風呂敷を探りながら、
「そんで、如何されました?」となるだけ冷静を装うた声でもう一度問いかけると、

スルリ……

着物のすれた音が聞こえ。
顔を上げると。……そこには両手を自らの後ろにつき両膝を立て、こっちに脚を広げてみせとる花魁の姿が。
動いたことで乱れてしもた浴衣が、全裸よりも一層艶めかしく俺の目に映る。

今まで遭遇したことの無い状況に俺の脳は容量を大きく越えてしまったらしい。
とうとう固まってしもた俺に、花魁は気づいてへんのかことも無げに話し始める。


「ゆうべの客が疲れ知らずの腎張(じんばり)の上に、女の扱いを知らない乱暴者でね」
「……、」
「休み無く犯られて、ぼぼ(女陰)が切れたみたいで血が出てさ。心配した見世のもんにお医者を呼ばれたって訳……聞いてる?」
「………そっ、そうやったんですか」


不思議そうに顔を覗き込んで問いかける花魁にハッとなり、なんとか言葉を紡いだ俺は
ちらりと一度患部を確認し、湧き上がりそうになる邪でアホな考えを頭をぶんぶん振って振り払い。
再び患部と向き合う。

確かに切れとる箇所がある。
せやけどもう血は止まっとるし大きな傷でも無いし、きっと直ぐに完治するやろうけど。
相手も職業上不安が多いとこやと思う、ここは慎重に診た方がえぇんやろか……?


「……お客にもそんなにじっくり見られたことが無いから。なんだか、恥ずかしいねぇ」
「えっ!や、そんなつもりでは……」
「ふふ。解ってるわ。それでどうかしら」
「目で見た限りやと、軽度の切り傷程度です。ですが、えと、その一応……触診を、さして貰いたいんですが、構いませんか」
「どうぞ」
「失礼、します……」


情けないけど。しどろもどろになりながら、左手で花魁の白い太股に触れ少しだけ脚を開かして、
微妙に震えとる右手をゆっくりと伸ばし、そっと、そこに触れる。


「んっ……」


指先で軽く触れた瞬間、鼻に掛った吐息と共に花魁の身体はピクリと小さいけれど反応を示した。
俺はこれ以上ないほど驚いてしもて、思わず両手共を引っ込めてしまう。


「す、すんませんっ」
「大丈夫。続けて」
「はっ、はい」


先を促された俺は、言われたとおりに触診を再開することに。
陰門、そして一番酷く傷ついてる陰核に触れて診断をしていく。

俺は仕事をしてるんや、て言い聞かしても心臓はいうことを聞いてくれへん。
頭ん中をぐるぐると、様々な欲望が留まることを知らんと巡っていく。
気分はどんどん高揚していく上に、自分の雄の部分もまた、反応をし始めてしまっていた。

花魁はというと、最初こそは油断もあったんやろうけど、
それより後は何処に触れても声を漏らしたり反応をすることは無かった。
百戦錬磨の花魁だ、それこそ意地がある。“感じ”たらアカンのや。

それを見た俺も落ち着きを取り戻した。こちらも、医者としての意地ってやつを思い出したから。


「……矢張り、切り傷だけですわ。塗り薬を出しておきますんで」


触診を終え。そっ、と手を離し。風呂敷包みの中から該当する薬を取り出す。
その間に花魁は乱れた浴衣を手早く整え座りなおして。
薬を受け取ると、しげしげと物珍しげにそれを眺めた。


「患部を洗て、清潔な状態にして薬を塗ってくださいね」
「えぇ、わかったわ。今日はわざわざ来てもらって悪かったね」
「いいえ。また何かありましたら、いつでも呼んだってください」


荷物をまとめ、襖を開け部屋を後にしようとしたとき。


「蔵ノ介」


ふいに名前を呼ばれ。振り返ると、さっきまでの艶っぽい花魁や無くて、
無邪気な笑顔の、年相応な少女がそこにいた。


「またね」
「……あぁ、ほなな」


小さく顔の横で俺に向こて手を振る彼女。
そんな彼女に引きずられたんか、いつの間にか俺も力が抜けたらしい。
気づくと砕けた口調になってしもてて、手を軽く振って(顔も緩んでんやろな、きっと)彼女に応えていた。


大門を出るまでの通り道。
いつもやったら落ち着かんかったはずのこの道が、妙に輝いて見えた。










きっかけって些細なモンですよね



作成2010.07.28きりん