(忍足(侑)→主人公→誰か。悲恋かもしれないけど微妙なところ 短い)





頬を撫でる優しいその手に、泣きそうになる。その手を選んでしまえば、選ぶことが出来れば、どんなにいいか。

普段掛けてる丸い眼鏡はすっかり外してしまって、目を細めて私を見ている、身長差の分少しだけ見下ろす形で。
こうやって直に目が合うのははじめてかもしれない、ぼんやりと、そんなことを思う。
眉間は皺こそ無いけれど寄っていて、どちらかというと、より今泣き出してしまいそうに見えるのは私より彼の方。


「やめとき」


低い声が震わせた空気がシンと落ち着いてから、私は無意識に止めていた息を思い出したように吸った。
ひゅ、と喉が鳴る。吸い込んだ空気を飲み干すと、見計らったようにもう一度彼は言った、やめとき、と。さっきよりもハッキリとした声で。


「……そっちこそ」


その言葉、そっくりそのまま返す。そこまで言葉には出さなかったけど、彼にはそれが十分伝わっている。
ふっと力を抜いて目を伏せたのがその証拠。泣きそうだった表情は消え失せ、彼は幾分かいつもの余裕を取り戻した。
私が彼と同じ「限りなくゼロに近い可能性に賭けている」という状態であると思い出し、私が彼の言葉に揺れているのが分かったからだ。

私はというと、その余裕の顔を見てなんだかムッとした。私の方が断然有利なのに、負けてるような気がして。
面白くない。さっき、泣きそうになった上、うっかり“選んでしまえば”とか思ったことを後悔した。
頬に添えられた手を払いのけ、唇を尖らせ軽く睨んでみれば、ますます彼は笑みを濃くし、いつもの調子を取り戻していく。

そのまま彼は払いのけられた手で机の上の眼鏡を取って掛け直した。もういつもの、いつも通りの憎らしい、憎めない彼だ。
それを見届けてから私は席を立った。机の横の鞄を素早く取って、出口に向かって駆け出す。


「忍足」
「……なんや」


途中、ふと、足を止めて呼びかけてみる。でも、振り返って顔を見ることはしない。
絶対悔しい思いをするから。今してるであろう彼の表情を見てしまったら、私はますます揺れることになるから。
一拍遅れて聴こえてきた返事の声が僅かに震えていた。さっきまでの余裕は私が席を立って背を向けたときに崩れてしまったらしい。
勝った。なんて、思えない。


「どうしたら諦めるの?」
「お前が上手いこといったら。そんときは諦めたる」
「馬鹿、そんなの難しすぎ」
「関西人に馬鹿言うたらアカン。せめて阿呆て言い」

「ふん……じゃーね」
「……またな」


振り返らないで、教室を後にした。
もしも、振り返っていたら。さっき、頬に添えられた手に自分の手を重ね、触れていたら。

私は粉々に打ち砕くくらい、彼を壊していたかもしれない。










揺れてるのは挫けそうな心と同情から。



作成2011.09.11きりん