入学式が終わったあと、教室の黒板に従って席に着くと隣に座ったのは鮮やかな銀髪の男の子。
式典のときからその頭は目立っていて、まさか自分の隣だとは思わなかったからちょっと驚いた。
まぁ私もちょっと明るめの茶色い髪の毛してるから、そう人の事は言えないけど。

あんまりジロジロ見るのも悪いから。真っ直ぐ前を向いて真面目に担任の話を聞いていると、
担任は自分の自己紹介をした後に、
「ではまず、隣の人と自己紹介をし合いましょう!その後にクラス皆に向かって自己紹介をしてもらいますが、
このとき、自分の紹介を隣の人にしてもらいます。なので、今からは出来る限り隣の人に自分のことを伝えてください」と言う。

クラスメイトと早く打ち解けられるように、という担任の配慮は解るが。
中々にハードルが高いその要求に教室中はざわつきはじめ、これには私も正直面食らった。
担任はパンパンと手を鳴らし、先を促したのでとりあえず言われたとおりに横を向くと、同時に銀髪クンと目が合う。
銀髪クンは担任の言動に特に思うことは無いらしく、興味の無さそうな目で涼しい顔をしていた。


「……仁王じゃ、仁王雅治。お前さんは?」
。よろしく仁王クン」
「呼び捨てでいいぜよ、
「おけ、仁王ね」
「なんじゃ。雅治でいいきに」
「いきなりファーストネームはねぇ。じゃあ親しみを込めてまーくんは?」
「それは流石に勘弁するナリ……」


名前を教えあって、あとは世間話。ポツンポツンお互いの情報を交換し合う。
といっても仁王は出身校は誤魔化すし、話す内容も曖昧で煙に巻いてる感じだし。
なんか自分ばっかり真面目に話すのが癪に思ったから、私の方の情報もオブラートに包んで適当言ってみる。
それを聞いた仁王は「それはホントかのーう?」とか疑う言葉を吐きながら喉の奥で笑った。

実際の本質と確信するには早々かもしれないけれど、きっと仁王はこういうヤツなんだろう事は理解できた。
人を観察するのが好き、人をからかうのが好き、だけどあまりに深く人と関わるのは好きじゃ無い。
自分の手の内は絶対に見せない。駆け引きなんかが好きで、人と逆をしたがる天邪鬼。


「仁王って結構解り易いねー」
「ほう……そう言われたんは初めてじゃ」
「そう?」
は面白いヤツじゃの」


くくく、と仁王がさっきよりもっと楽しそうに喉を鳴らすのと同時に担任の声が掛かった。
ふたり一組の順番が巡り私たちの番が来たので私と仁王が立ち上がると、教室中の注目が一層高まったような気がする。
ぐるりと見回しても黒髪かダークブラウンが関の山な教室の中で、銀髪と明るい茶髪の一際目立つ派手なツートップ。
そりゃ、気にもなるわね。私だってそっちの立場だったら同じようにジロジロ見ると思うし。

自己紹介は淡々としたもので他のコンビよりも幾分アッサリ。担任に「なんだ二人とも、それだけか?」と突っ込まれる程で。
「仁王は秘密主義らしくて」「女は秘密がある方が魅力的じゃろ?」と子供らしからぬ台詞で返した私たちに
担任は複雑そうな顔を浮かべたが、中堅どころの経験からか“こういうのは毎年ひとりくらいはいる”とサラリと流してくれた。
扱い辛そうでも、ふたりの波長が合うのなら教室内でも問題無くやってくれるだろう。とでも思ってるんだろう。
事実このクラスですごした1年間は、表面上はどうであれ、ほとんどお互いとしか“仲良く”口を利いていなかった気がする。

銀髪のせいで妖しい雰囲気を纏う上、整った顔立ちに蠱惑(こわく)的な瞳を併せ持つ仁王。学校生活において、
当然のように女の子からの注目度は高く、必要以上の彼へのアピールや牽制、蹴落としのような行為は近くにいるせいかよく目にした。
最初は傍で繰り広げられる攻防が鬱陶しかったけれど、観察を重ねるうち彼女らの行動パターンがどの子も大して変わらないのが解り、
心の中で「ボキャブラリーが貧困だなー」と馬鹿にしたり、稀に突飛な行動に出た子には「おっ」なんて感嘆を覚えたり。
そんな風に、そこそこ楽しんでいたと同時に。……そこまで人間へ必死になれる彼女らが、少し羨ましくもあった。















「あの子たちはさ、どうしてあんなに仁王に対して必死になれるんだろうね」


それが“羨ましい”というだけじゃなくなったのは。
たしか、クラスが変わる直前くらい。3月に入ってすぐくらいだったと思う。
仁王とのいつも通りの会話の中で、ポツリと漏らしたことが切欠で。


「ん?……そうやのう。俺にもさっぱりじゃ」
「必死になってみたら、わかるのかなー」
「なんじゃ、いつもクールなサンが。必死になりたいんか?」


仁王だけは普段、周囲がするように私を“サン”付けで呼んだりしない。
だからこれがふざけている、からかい口調だとすぐ解る。

いつもみたいに喉を鳴らして笑う仁王の銀色のしっぽを、静止と牽制の意味を込めて軽く引っ張ると
「いででで」という小さな悲鳴とともに紐がほどけて、しっぽがパサリと音を立てて無くなった。
床に落ちてしまった紐を拾い上げて指で摘んだり伸ばしたりして遊んでいると、
しっぽの形を整えなおした仁王が、片手ではそれを抑えてもう片手を紐を寄越せとこちらに差し出す。


「没収じゃー」
「“わりことし”やの」
「ん?」
「“いけず”、じゃ」
「あぁ、“いじわる”ね。解りづらいのじゃー」
「プリッ」
「プリーッ」
「やめんさい」
「あはは」


私もふざけ返しと真似をすれば、仁王は眉を下げて思い切り脱力した。
椅子の背もたれに思い切りもたれ掛かり、腕の力も入れず両腕をだらりとさせて。
首の力すら抜けたようで頭もガクリと後ろへやった。しっぽに成り損ねた銀髪も一緒に、だらり。


「何、しっぽが無いと力入らないとか?」
「そうじゃー、しっぽが力の源じゃー」
「ふふっ。仕方ない、返してしんぜよう」
「ありがたやーあ」


椅子から立ち上がり、仁王の後ろへ回り込む。
前へ垂れさせるために頭部を人差し指でちょんと押せば、指先に髪についたワックスのベトリとした感触が。
あ゛。……セットしてある部分にはこれ以上触らないように。うなじに沿って伸びた襟足を両手で集め、まとめる。
この辺りは特に固めたりしていないらしい、ベタつく感覚が無い。ただ、代わりに染色した髪特有の“きしみ”はあったけれど。

しっぽの形が整ったので机の上の紐に手を伸ばそうとすると、私がそうするより先に脱力していた腕が動いてそれを掴んだ。
崩れないよう頭は動かさないままでいてくれて。手首だけ返してこちらに紐をくれる。


「ありがと。ていうか、力の源まだセット出来てないけどー?」
「形が整ったけぇ、ちっとは動けるんじゃ」
「あっそー。……よし、出来たよ」


紐を適当にぐるぐる巻いて、ぎゅうと縛れば元通りしっぽが完成。
それを見届けしっぽから手を放そうとしたら、紐をくれたまま動かなかった手が、急に伸びて私の手首を掴む。


「うわっ、ビックリした。何?仁王」
「……さっきの話じゃがの」
「うん?」
「お前さんは必死になりたいか、


手首を掴む仁王の手、指に力が増したのが解った。
何時に無い仁王の声、その色は真剣そのものに感じられた。


「……そうね。必死になったら違う世界が見えそうじゃない?ちょっと覗いてみたい気はする」
「ほうか、奇遇やの」
「ん?」
「実は俺もじゃ」


こちらへ擡げられた頭、ふたつ並んだ蠱惑の瞳に真っ直ぐ貫かれた。

その目をして私を見たことなんて今まで無かったのに。
いつも同類を見るような涼しい目をしていたくせに、今更何。
仁王。この私を、誑かそうっていうの。


「……ふぅん、奇遇じゃのーう」
「じゃろう。折角やし、一緒に新しい世界見に行ってみるか?」
「ふふ、」


いいわよ、乗ってあげる。
その目に惑わされて、必死になってやろうじゃない。

幸い、敵は同類ゆえ自動的に理解者でもある。
彼と一緒ならば。一歩踏み出して、人間らしく必死になれるのかもしれない。

宣戦布告にして共同戦線。
私は仁王のまぶたに唇を落とし、その火蓋を切った。










ほどけたしっぽが書けて満足



作成2010.05.07きりん