(※ビューネくん風味ちとせ)





頭痛と吐き気。
それは日常茶飯事では無いけれど、不定期にやってくる厄介なモノ。

一旦来てしまうと尋常じゃ無いくらい鬱々とした気分になるのでかなりウンザリする。
休みの日だったならば一日中家で寝て過ごして誰とも会わなければ何も問題は無いけれど、
どうしても休めない、学校へ行かなければならない日だったりするともうどうしようも無い。

周囲に悟らせないよう気を張ってはいるけれど、
どうしても痛みから蓮っ葉な言葉遣いや態度が出てしまいそうになって毎度冷や冷やする。
それが余計に緊張感を生み、神経をすり減らし。それで頭が痛くなり、憂鬱さが増す。なんという悪循環。

いつもなら家から鎮痛剤を持参し、どうしても我慢できないときにそれを飲んで落ち着けていたのだけど。
お昼になってとうとう我慢できなくなった。必要なのに、今すぐ欲しいのに、鞄の中やポーチの中をいくら探っても出てきはしない。
うっかりしていた、前回使い切ってから補充をしていなかったんだっけ。
保健医に痛みを訴えることも考えたけれどあちらも色々事情があるみたいで。中々薬を出してくれないから行っても無駄足になりそう。

今日の6限目には授業を潰した生徒会総会が待っている。これに穴をあけるわけにはいかない、絶対に。
私は生徒会長として、最初の挨拶や生徒会からの発表、各種委員会報告の進行役をこなさなければならない。
どうせ生徒はみんな誰も聞いていないだろうけど、これが私の役割で、義務だから。

どうして今日に限って来るの。
ううん。思い返してみれば、こういう大事な場面で周期に当たってしまうことが今まで多かったような気がする。
習いごとに真面目に通っていたからって選抜された大きな発表会のとき、小学校の学芸会で長セリフが割り当てられていたとき、
学級委員に推薦されてしまいクラス全員の前で発言をしなければいけなかったとき。まだ他にもあったような気がする。

余計なことを考えているうちにどんどんどんどん痛みは大きくなる一方で。
これ以上気丈を保っていられる自信が無くて、昼食を食べてからすぐ友人にはトイレに行くと言って私は教室を出た。
すれ違う生徒には、最後の力を振り絞ってどうにか愛想を振りまいていたことだけは覚えてる。










「お前さん何しとっとね?こげんところで」


ここ四天宝寺において、この春まで聞くことがなかった特徴的な喋り口調が突然背後から聞こえてきた。
じめじめした校舎裏、オマケに雑草が伸び放題のこんな場所。
誰も近づかないと思ってここを選んだのに人が来るなんて予想外で少し驚いた。

三角座りで膝に突っ伏していた顔をようやく上げてぼうっとした頭のままで見上げると、
少々突き放つような強めな声とは裏腹にへらりとした柔らかい笑顔がそこにあって。
大きな、本当に大きな身体を丸めてしゃがみこみ、私と同じ目線にその笑顔を持ってきて
ん?と小首を傾げたその仕草はとても身長が190センチ以上あるとは思えないくらい何だか可愛かった。

そんな彼、千歳くんと目を合わせた途端にギョッとした顔をされて、
さっきまでの柔らかい笑顔はどこかに吹っ飛ばされてしまった。


「なん、顔色悪かよ?」
「ううん、……気のせいや」
「そげな青い顔して平気なんわけ無か。具合悪いんじゃろ?保健室に」
「だっ、大丈夫やって!ほっといてや!」
「……ばってん、何かあるんは間違い無か。―――うっし、話しなっせ」


思わず荒げてしまった私の言葉に、驚きはしても嫌な顔をせず。
それどころか地面にペタリとお尻を付けて胡坐をかいて本格的に座り込んで、話を聞く体勢まで整えた。
頬杖を付いてジッと目を見つめられてしまっては、もう逃れようとかはぐらかそうなんて考えは浮かばなくて。
ゆっくり、少しずつ。時々来る頭痛のことや、今日しなければならないことなんかを千歳くんにみんな吐き出した。


「ふうん。なら決まりたい、お前さん今日はもう帰りなっせ」


私の話を全部聞いてそう言い放った千歳くんの顔は、なんていうか……
“それってそんなに考えなきゃいけないことなの?”とでも言いたそうなケロリとした雰囲気で。
何だか狭量な自分が馬鹿みたいで恥ずかしくなったのと、
今までの自分が覆されてしまいそうで怖いのとで、思わず首を横に振って抵抗してしまう。


「千歳くんに何が分かるん。ウチがおらんかったらアカン、アカンのやっ」
「なんのために副会長ってモンがおんね。こういう緊急んときのためやろ」
「せやけど」
「ふう………なぁ、

気張るんはいいけど、頑張りすぎはいけん。そんなんじゃいつか壊れてしまうたい。
ひとりで溜め込まんと、人に頼ることも時には必要じゃなかと?」


もしかしたら私は誰かにずっとそう言ってもらうのを待っていたのかもしれない。
な?と笑って優しく私の頭を撫ぜてくれるその手は大きくてあったかくて。
意地になり凍っていた私の心を、全てでは無いけれど融かす切っ掛けをくれた。

それと気持ちの問題かもしれないけれど、
その手が吸い取ってくれたのか頭の鈍い痛みまでも不思議と和らいだような気も。

無意識なんだろうけど、千歳くんて


「……すごいね」
「ん?………んんッ!?そ、そげん痛いと?」
「ううん、ちゃうんよ。ごめ……ちょっと、だけ」
「あー……こっち、けぇ」


役割とか義務とかチャイムが鳴ったとかは忘れて何もかもカラッポにして
一瞬で私の考えや想いを打ち破ってしまった目の前の魔法使いの腕の中にすっぽり収まって

今はこのまま、ただただ全て流しきってしまいましょう。










一家に一台、ビューネちとせ



作成2010.11.02きりん