(跡部生徒会長と、どっかの社長令嬢な主人公。幼馴染で生徒会書記で元婚約者)





「俺は、お前と一緒になるのも悪くないと思っている」


定例の打ち合わせが終わり、他の役員たちは既に下校しているか部活動へ行っていて。
書記である私は生徒会室に居残って報告書を作成しているところ。
作成といっても打ち合わせ中に取ったメモを許にパソコン内のテンプレートに打ち込んで書類を作るだけ。
だから私ひとりで事足りるし、実際毎回そうしてきた。

鍵だって、いつもは生徒会室に一番乗りする景吾から預かって。
自分で閉めて帰りがけ書類を提出するのと一緒に職員室へきちんと戻しているから何の問題も無い。
だけどその鍵は、いつもパチンと鳴らされる人差し指にホルダーのリングが掛けられ、シャラシャラと音を立て回っている。

いつもはさっさと部活に行くのに珍しい……あぁ、引退したっけそういえば。
その程度の感想しか持っていない私は、
てっきりいつものようにクールに受け流したものだと思っていた景吾がまさか先日結論を出したあの話を気にしていて、
そしてまさか公私混同を嫌がる景吾がこんな場所で冒頭のセリフを吐いてくるなんて全然想定していなかった。


「……おどろいた」
「あぁ、そうかよ」


俺も驚いた、そう続いた声にはいつもの、自信に満ち溢れた力がこもっていないように聞こえる。
キーボードを打っていた手を止めて景吾を見ると、すでに鍵をくるくると回すことはやめていて。
赤と黄と緑と色が混ざり合った、紅葉が進む窓の外をただ目に映しているだけの
気の抜け黙り込んだ横顔からは感情を探し当てることは出来なかった。


「他にたくさん候補はいるでしょ。天下の跡部、引く手数多のくせにー」
「茶化すな」


真意を読み取るのを諦め、私はひとつだけ軽口を叩いて作業に戻ろうとした。
これでこの話は終わり。そういう含みが込められた言葉に景吾が気づかないはずがない。

それでも言葉を続けたということは、いまだ消化不良で納得がいってないから説明しろってところかな。
窓からこちらへゆっくりと向けられた鋭い視線はそれを物語り確信させる。
話をするにしたってこんなところじゃ無い方がいいんだけど、仕方ない。


「口約束みたいなものだし……正式なものじゃなかったでしょ?断って何が悪いの」
「悪くはねぇ……が、良くもねぇ。お前ひとりの問題じゃねぇんだ、勝手に決めるな」
「なに、景吾は私のことそんなに好きなの。嬉しいなあ」
「そうだな、さっきの台詞を吐けるくらいにはな」
「……」


意外だった。こういうことに関しては去る者追わずを貫いていた景吾が抵抗を見せた。
長い付き合い、お互いの性格から恋愛遍歴まで把握しているけれどこんな景吾を私は知らない。


「どうして今なんだ」
「けい、」
「今更……んなこと」


徐々に小さくなって掠れた声は多分、言うんじゃねぇよって続いたんだと思う。
こんなに言葉を言いよどみ、迷う景吾を、これまで見たことあったっけ。

私の知っている跡部景吾は唯我独尊を地で行くような、真っ直ぐで折れることなど絶対に無い強い人間で。
だけど自分の能力に驕ったりはせず、陰で見せない努力をして己を極限まで高めていく。孤高で気高いひと、それが彼。

でも今、私の目の前で。いつもはピンと伸ばした背中を丸め、俯く姿も紛れも無く彼のもの。
はじめて見る、はじめて知る彼に驚き、戸惑ってしまう。
私がこれまで見てきた景吾は間違いなく景吾自身なんだけど、……私はこれまで、景吾の一体何を見てきたんだろう。

テニスの試合で、圧倒的強さで勝利しているのを観たことはあるけど、その勝利を掴むための練習はどうこなしていたんだろう。
教室で熱心に授業を受ける姿を知っているけど、予習や復習やテスト勉強はいつしていて、あの成績をどうやってキープしてるんだっけ。
それ以外の、語学だったり将来に向けての勉強は?部長業だけじゃなくて、生徒会長としての役割は?
生徒会ではずっとそばで仕事をしていたのに、景吾は涼しい顔してやってのけるからどれだけ大変かを気に留めたことは無かった。

急に背中を冷たいものが伝う。
人生の大部分を誰よりも近いところで景吾と過ごしてきた、誰よりも理解しているつもりだった。
だけど、本当は。私は何も知らないんじゃ無いの?

次から次へと嫌な考えがグルグルと頭を駆け巡っていく。それを処理しようとするのが精いっぱいで。
何も言えずに黙っていたら、景吾は溜息をひとつ吐いたあと、ぽつりぽつりと話を始めた。


「テニスは遣り切って……完全燃焼して、納得して、満足した」
「生徒会ももうじき引き継いで満了だ。適当に相手をしていた女共とは既に手を切っている」
「卒業後は大学進学と並行して、これまで学んできたことを基に本格的に実践に入るから忙しくなる」
「だから、その間……それまで、お前をきちんと向き合おうと思っていた」


俺の自分勝手な言い分だな、と自嘲する景吾にやっぱり言葉が浮かばなくて。
気づけば飾ることない、本心から思ったことを素直に吐露していた。


「……景吾がそんなこと考えてたなんて、知らなかった」
「俺も。お前が流されっぱなしの従順なだけじゃなく、色々考えてて、きちんと自己主張も出来るヤツだったとは、……知らなかった」


俺は誰よりお前の一番近いところにいたと思っていたんだがな。そう続いた言葉に、景吾も私と一緒なんだって分かったから。
“知らない”を。素直に言ってしまったことへの、カッコ悪いとか恥ずかしいとかそんな気持ちはもうどっかに行っちゃってた。

本音を話しているつもりでも、心の奥底の深い部分ではお互いにどこかカッコつけてた。
思うことはちゃんと本音で伝えて、話し合って、時にはぶつかることも必要なんだって。やっと解った。
そのことに気付かないで、私は結論を急ぎすぎたみたい。
もう虚勢なんて張らなくていい、景吾には全部見せて、私も目を逸らさず景吾の全部をちゃんと見よう。


「言わなかった俺も悪いが……考え直す気なんざ………ねぇよな、もう」
「うん、婚約は解消。それで……これから私は、これまでの立場からじゃなくて、景吾と新しい関係を築いていきたい」
「……なら、」
「私と、お付き合いしてください」


私の自分勝手な言い分だね、へにゃりと微笑う私を景吾は力いっぱい抱きしめてくれた。
あったかくて逞しい腕と胸にドキドキしたのは、……はじめて、かも。










すごいハイソな王道話が読みたかったんです^^
プライド高いと余計“知らない”なんて、長年を積み重ねた相手に言えないよね




作成2011.01.11きりん