(※冒頭は本家を一部引用・改編してます)
(※この話の大前提→薔薇=役職名(生徒会長に相当する)であって、あの隠語じゃないです)





「ごきげんよう」
「ごきげんよう」


さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚(けが)れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、
ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。

私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系のお嬢さま学校である。
東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、
という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。



――― 一方、



「うぃーっす」
「あーマジねみぃ」
「やっべ、宿題やってねーし!」


さわやか……な朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
たしけ様のお庭に集う青少年(イケメン)たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。

汚(けが)れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。学ランかブレザーかは、それぞれの好みで各自想像して頂きたい。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのが本家女学園でのたしなみだが、
ここではウェアを身に着け、本格的なグラス(天然芝)で覆われた、縦23.77メートル、横10.97メートルで、中央に高さ107センチメートルのネットが
張られているテニスコートを縦横無尽に走り回り、力一杯ラケットを振り、ネット越しに対戦相手と激しいラリーを交わし、清々しい汗を流すのがたしなみ。
もちろん体力有り余る青少年たちが集う場所、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒なども存在して居るだろう。

私立テニプリ学園。
創立がそれなりに古いこの学園は、伝統あるたし系のイケメンテニスプレイヤー養成所である。
緑の多いこの地区で、唯一神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられるイケメンの園。
十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養テニスの王子様が箱入りで出荷される、という仕組みの、世の婦女子にとって非常に貴重な学園である。











「嫌です。俺は絶対に手伝いません」
「アーン?馬鹿言え、お前に決定権はねぇんだよ」
「相変わらず横暴ですね、跡部さん」
「フン。俺様の“弟(プティ・フレール)”をやってんだ、それくらい承知してるだろう」


それから跡部さんじゃなく、お兄様だろう?なぁ、若。
ニヤリと意地悪く笑うのは学園を統治するひとり、白薔薇―ロサ・ギガンティア―こと跡部景吾。
貴方の弟なんて、別になりたくてなった訳じゃありませんけど。
生意気な口をきき、ぷい、とそっぽを向いたのは、景吾と兄弟(フレール)関係にある、
白薔薇のつぼみ―ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン―の日吉若だ。


「それに呼び方の慣習は“本家”での話、ウチの学園では関係ありません。それに、その呼び合いは男同士では気色悪い以外の何ものでも無いでしょう」
「冗談だ。ちっ、可愛くねぇな」
「可愛く無くて結構です。それに可愛くないのでしたら、今度のお話も俺では力不足かと」
「それとこれとは話が別だ、決定は覆らない」


跡部に続き、今度は日吉が盛大な舌打ちをした。全校生徒憧れの的である薔薇の、我が兄の前で良い度胸である。
まぁ、跡部が日吉を側においている理由のひとつがその度胸の良さを気に入っているから、であるので跡部は特に叱ることはしなかったが。
ただし、これがふたりきりでない、人前でとなると話は別だ。兄として監督不行き届き、薔薇として免れないイメージダウン、
何より、跡部自身が己の可愛い弟が他人から躾のなっていない愚弟と評価されるのは我慢ならない。万一そのような事が起これば、跡部も苦言を呈す。

日吉も日吉で、道場をしている厳格な家で礼儀作法を徹底的に叩き込まれている。
日々気を引き締め、礼儀の何たるかを弁えている日吉だ、挑戦はすれども年長者を侮辱するような言動はしない、それが人前なら尚更だ。
その日吉が軽口や悪態を無意識に出してしまうということは、兄に対して己を飾らず、気を許しているという何よりの証拠なのだ。
それを解っているからこそ、舌打ちをされたはず跡部の気分はすこぶる良かった。不敵な笑みを浮かべる跡部に、日吉はますます眉間の皺を深くしたが。

チャレンジスピリッツの塊、座右の銘は“下剋上”な日吉は、薔薇を打ち負かし、ゆくゆくは学園を統治しようと幼稚舎を入学したての頃から考えてきた。
中等部に入学してすぐ。そんな彼の前に、鮮烈でいて強烈なカリスマを持つ指導者が現れた。それがのちに薔薇となり日吉の兄となる、跡部景吾だ。
跡部は中等部からの外部入学ながら、入学してすぐその頭角を現した。それは本当に彼が入学してすぐ、彼が新入生として臨んだ入学式の最中のことなのだが
……まぁその話はまた、いずれかの機会に。
とにかく、その溢れる自信に見合う確かな実力を持つ、あらゆる賛辞を述べても追い付かないような大物があっという間に中等部の頂きにのぼりつめたのだ。

跡部が頭角を現した丁度1年後、日吉にとって運命となる中等部の入学式の日。在校生の代表者として登壇し、堂々とした態度と声で説得力のある言葉を紡ぎ、
最後に「学園生活を楽しみたいヤツは俺様についてきな!」と締めた跡部に在校生新入生問わず、彼を見た者言葉を聴いた者全てが魅了され熱狂した。
眩く、どこまでも先の未来を明るく照らし、集う者たちの不安を取り除くかのような輝く光を放つ壇上の跡部に、日吉は戦慄した。
ひとつ年上に、こんなに凄い人が居るなんて。そして、日吉が幼い頃から抱いてきた薔薇を打ち負かすというぼんやりとしたビジョンが明確となる。
いずれ薔薇として咲くだろう彼を、跡部景吾を超えたいという強い思いが、日吉の心の奥底から沸き上がった。

それから日吉は何かと跡部に突っかかっていったお蔭で顔と名前の覚えめでたく、
高等部へ入ってすぐに日吉は、選挙で上級生を退けすでに薔薇の地位に就いていた跡部に弟にと請われた(というより、強引で殆ど命令だったが)。
日吉は誰の兄弟にもならずに選挙で薔薇を打ち負かすつもりだったのでバッサリお断りをしたが、
跡部に「俺様の二番煎じか」などと上手く言い包められ、ついに頷いてしまった。今でもその選択が正しかったのかは日吉には解らない。
ただ、はじめて跡部に弟にと望まれたとき、ほんの少しだけ嬉しいと思ってしまった、それは日吉にとってとても悔しくいまだに持ったままの屈辱だ。
だが、「若」と。跡部に名を呼ばれたとき、悪い気はしなかったのも事実。ただ今は、それだけなのだ。


「なんや跡部くん、若くんはまだゴネとるんか」
「よう、白石」
「なんと言われようとも、俺は納得できません。ロサ・フェティダ」


開け放たれた扉から室内に入ってきたのは黄薔薇―ロサ・フェティダ―の白石蔵ノ介だ。
聖書(バイブル)と呼ばれるほど完璧な仕事ぶりで行事等を取り仕切り、学園を円滑に回す彼は薔薇のまとめ役のような存在で。
一見破天荒な白やマイペースな紅に振り回されているように見える白石だが、その実したたかな一面も持つ。


「だいたい、何で俺なんです?他に切原も財前も居るじゃないですか」
「光はアカン、やらへんて言うたら絶対やらん子ぉやもん」


日吉はふと黄薔薇のつぼみ―ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン―の財前光を思い浮かべた。
確かに財前の面倒くさがりな部分には日吉も手を焼く場面がいくつもあった。
仕事はキッチリこなすのだが、やる必要のない、己がやらずとも支障がないことと彼が一旦判断されたものはどんなに促そうとも、
それこそテコでも動かないのだ。今回の話を財前に回したとしても、彼が引き受けるとは到底思えない。


「教育が行き届いてないんじゃないですか」
「ははっ、あれはあの子の元々の性質(たち)やからなぁ。しゃあないわ」
「くっ、じゃあ、切原を……」

「赤也も駄目だよ」


嫌味が通じず受け流され、苦し紛れに日吉が代替案を提示しようとすると、それを制する威厳ある声が響く。
続いて室内へと入ったのは紅薔薇―ロサ・キネンシス―の幸村精市。
穏やかな笑みは柔和な印象を与えるが、これでいて本質の彼は剛健で厳しいところを持ち、締めるべきところはキッチリ締める人間だ。
ただし基本的に彼は面白そうなこと・興味を惹かれたことにしか動かないところがある。


「何故です、ロサ・キネンシス」
「だって。赤目になったら面倒臭いじゃないか」


幸村が肩をすくめて言うその言葉には、さすがの日吉も閉口してしまう。
紅薔薇のつぼみ―ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン―の切原赤也が赤目になったときは何を仕出かすか予想が付かず、到底無視できたものではない。
これまでの付き合いで、日吉もそれは骨身に染みている。日吉は別に切原を怖いとは思っていない、
この話を強引に押し付けたときに出るであろう物理的な被害が嫌なのだ。財前では無いが、正直面倒だ。後片付けは御免被りたい。


「若なら責任感が強いからな、何だろうと与えられた役目は必ずこなす」
「そうそう。俺も一番適任だと思うよ」
「頼むわ、若くん」

「よし、決まりだ。学園恒例、今年の新入生歓迎会劇はお前が主役だ、若―――


―――いや、茨姫よ」


父である国王に白石、姫に呪いをかける魔法使いに幸村。
他のつぼみたちは先に挙げた諸々の理由から贈り物をする魔法使いの役に収まるだろう。
生徒会主催の劇、一般生徒にメインの役どころを任せることはない。そうなってしまえば、残る主役の姫は自ずと決まってくる。


「ドレス着て女役なんて絶対に嫌です!」
「ウチの学園は女子おらんからなぁ、しゃあないやん?」
「そもそも、女性が出てくるような劇をやらなきゃいいじゃないですか!」
「ふふ、茨姫はツンツンしてる君にとても似合うよ」
「意味が違いますし、それは財前も同じでしょう!」

「若」
「……なんですか」
「俺様が王子役なんだ、有り難く思え」
「それが何より嫌なんです!!」


あのふたりのお蔭でとんだ貧乏くじだ。
常日頃から思っていたが、日吉は改めて他のつぼみを恨みに思った。










何かがふりきれました



作成2011.08.31きりん