(新テニス、勝ち組 食堂で朝食)





朝食を食べるために、眠い目を擦りつつ合宿所施設内にある食堂へ。
ここでの食事はバイキング形式、食べたいものをチョイスしてトレーに乗せるだけでいい。
ワタシの日本語はまだまだなので、ドコへ行ってもメニューを注文するのに毎回一苦労。
ヘタをすれば同じモノを注文し食べ続けなければならないので、このシステムは大変にありがたい。

ワタシは日本に来てから日本食に凝っていて、大抵それを選ぶことが多い。
特にミソスープは絶品ですね!ミソの香りとダシのコクが堪りません。
一緒に煮込む食材もバラエティー豊かで全く飽きさせない。まことにワンダフル!

今日の具は―――ワカメ、ですか。
いろいろ思うところもあるけれど、ミソスープがワンダフルなことは間違いない。
おたまですくい、カップにスープをなみなみと入れる。具は……まぁ、それなりに。

焼き魚に菜の物、タクアンと。色々トレーに乗せたけれど、少々ボリュームが足りない。
これでは、こなさなければならない激しいトレーニングメニューに昼まで身体が持つかどうか。
他に何かスタミナが付きそうなものは……うん?


「コレハ、ナンデスカ……?」


目に入ったのは透明なセロファンで蓋がされた、手のひらサイズの白い発砲トレー。
ひょいと中を覗いて見ると、入っているのは茶色の豆、で、あっているのでしょうか。
白っぽい何かがまぶされているそれは一見では食べ物に思えず、バイキングのひと品としては謎が残るところ。

いつも何かと気にかけてくれる柳生サンに聞いてみようと思ったけれど、今日はまだのよう。
他に聞けそうな、自分が知り得る限り細かい会話の遣り取りが可能な人物を探すも時間が早いせいで見当たらない。
諦めてスルーすることも考えたけれど、おそらく日本食であろうコレを知らないままでいるのは何だか悔しい。
ここは、柳生サンが来るまで待ってみようか。


「おいお前、ウロチョロと何してやがる」
「え?あ、ええと、跡部サン」
「何か困り事か?」


突然背後から流暢な英語が投げかけられ、振り返るとそこに立っていたのは気の強そうな眉が特徴的な跡部サン。
殆ど会話らしい会話をしたことが無かったから確証は無かったけど、見た目や雰囲気からもしかして?とは思っていた。
一応、会話が可能ですかと英語で聞いてみると、少し不快そうに眉を寄せ、何を今更と言った風に強気なオフコースが返ってきた。


「これは一体何ですか?」
「あぁ、これか?こりゃ納豆だ」
「Natto……Oh!これが噂のナットウですか!」


何度も耳にしていて気になっていたものと、まさかこんな所で出会えるなんて!
高鳴る心臓から伝わる振動でブルブルと震える手を伸ばし、何とかワタシは白い発砲トレーを両手の中に。
物珍しさからまじまじと中を覗き込んでいると、はたと気づく。


「あの、跡部サン。これはこのまま食べるモノなのでしょうか?」
「アーン?あぁ、お前食ったことねぇのか……フン。仕方がねぇなぁ、俺様が納豆の食い方を教えてやる」
「ゼヒ、ご教授願いマス!」


腕を組みふんぞり返った跡部サンは何故かとても嬉しそうな顔を浮かべているけれど、
とにかく教えてくれるというのでその好意に甘えることに。
白い発砲トレー掴んだ跡部サンはドンと手近な席についたのでワタシもその隣に座り、
跡部サンがするのと同じように蓋をされていた透明のセロファンを剥がす。


「匂いが多少気になるかもしれねぇ、平気か」
「えと、ウォッシュタイプのチーズのような感じなので、特に気にはならないですね」
「ほう……。俺も初めて食ったときに同じような感想を抱いたモンだ。
俺もこの納豆をとあるイベントの準備期間中に初めて食ったんだが中々の味わいでな。それ以降も頻繁に食っている」
「ハァ、そうなんですか」
「納豆はいいぞ。特にナットウキナーゼという成分には健康増進効果が望めるしな」
「なんと!日本人の健康の源ですね!」
「それから納豆はな……」


それから跡部サンはビタミンやタンパク質が豊富だの、
納豆菌はプロバイオティクスと呼ばれていて腸内環境に有用と考えられているだの、O157を抗菌するだの。
納豆の良いところをずらずらと並べ始め、挙句納豆の作り方の説明までイチから初めてしまった
納豆会社の回し者か何かに成りかけた跡部サンのマシンガントークの終わりが全くみえない。

このままだといつ朝食にありつけるか解らない。
仕方が無いので探りつつ食べ方の先を促してみると、
跡部サンはもっと喋りたそうな顔をしたけれど案外すんなりと引き下がってくれた。


「で、だ。これを箸でよくかき混ぜてだな……」
「こうですね……あ、粘りが出て糸を引き始めました」
「それから、まぁこれは好みだが。ネギやからし、醤油を入れりゃあ完成だ」
「できましたっ」
「よし。じゃあ食ってみろ」
「ハイ!」


跡部サンの教えどおりに進めていくと、どうにか完成。
それをやっと支障が出ない程度に上達した箸で豆を数粒すくい、恐る恐る口元へと運んでいく。
発砲トレーから伸びる糸、ふわりと広がる香りが鼻先についたところで
いよいよ納豆との記念すべきファーストコンタクト。

いただきます!


「………んんっ!コレは……っ」


もぐもぐと一粒一粒を噛みしめれば、口の中を豆の素朴な味わいが広がっていく。
その柔らかく優しい口当たり、暖かく包み込んでくれる母なる太陽の恵みがギュッと凝縮されているよう。
それから味を決定付ける醤油に食が進むピリリと辛いからし、
アクセントとなるネギがまた絶妙にマッチしていて納豆の味に更なる深みを増している。


「どっ、どうした?」
「跡部サン!美味です、大変デリシャス!!素朴な味わいがタマリマセンッ」
「おう、おう。そうだろう!それが納豆だ!」
「オカワリしてもいいでしょうか!」
「あぁ、いいぜ!どんどん食え!俺も食うぜっ」


テンションが上がりきったワタシたちは場に出ていた発砲トレーを抱え込み、次から次へと納豆をかき混ぜていった。
ワタシが10パック作り上げずらりと並べれば、
跡部サンは負けじと大量の納豆をドンブリ鉢に入れ、どこから持ってきたのか泡だて器で豪快にかき混ぜ応戦する。

そんな張り合いを繰り返したのち空になった発砲トレーがいくつも詰みあがったころ、ポツリと背後から響く低い声が。


「お前ら、ホンマ信じられへん。アホちゃうか……」


振り返ってみるといつからそこにいたのか。
忍足サンが手で頭を押さえ、かなり嫌そうな顔で盛り上がるワタシたちを眺めていた―――



あ。全員の分を食べつくしてしまった跡部サンとワタシは食堂のオバチャンにコッテリ叱られてしまい、
練習後、ふたり並んで食堂でしばらく正座をさせられてしまったことは……シークレット、ね?










正直スマンかった



作成2010.10.04きりん / 『A bouquet of 100 people』様へ  素敵な企画に加えてくださり、本当にありがとうございました!